真山  民「現代損保考」


                      

 東京海上HD「有価証券報告書」が伝える

     「経済危機、金融・資本市場の混乱」

                 

 3メガ損保が想定する「リスク」

 上場会社など有価証券の発行企業が自社の情報を外部に開示するために作成する「有価証券報告書」には、企業を取り巻く「重要なリスク」について、その「想定シナリオ」を説明したページがある。

 例えば東京海上HDの「有価証券報告書」は、最初に「国内外の経済危機、金融・資本市場の混乱」を挙げ、以下「日本国債の信任危機」、「巨大地震」、「巨大風水害」、「火山噴火」、「パンデミック」、「革新的新技術による産業構造の転換」、「サイバーリスク」と続く。

 MS&ADインシュアランスグループ・HDの有価証券報告書は、①大規模自然災害の発生、②金融マーケットの大幅な変動、③信用リスクの大幅な増加、④グループの企業価値の著しい毀損や社会的信用の失墜につながる行為の発生、⑤サイバー攻撃による大規模・重大な業務の停滞・情報の漏えい・保険金支払いの発生、などを「重要リスク」として挙げている。

 

 米国のインフレ、金利上昇、円安の悪循環

 日銀の黒田総裁は、7月11日の支店長会議と20・21日の金融政策決定会合で「利上げは『全くない』」と金融緩和策の維持を決定した。7月15日の東京外国為替市場の対ドル円相場は一時138.94円まで下落し、約24年ぶりの円安ドル高水準となった。
 
背景には、加速する米国の物価高がある。米国連邦準備制度理事会(FRB)は、6月に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、インフレ抑制のため0.75%の利上げを決めた。1994年11月以来約27年半ぶり、通常の利上げ幅の3倍に当たる大幅な利上げだ。

 欧州中央銀行(ECB)も7月21日の理事会で、6月に予告した0・25%幅を上回る0.5%の利上げを決めた。ECBの利上げは11年ぶり、2014年から続くマイナス金利政策を一気に解消した。

 今年1月21日の円の対ドル相場は113円86銭、半年で円は25円も安くなった。それでもなお、黒田総裁は大規模な金融緩和を続ける構えだ。金利を抑える日本と上げる米国、金利差はなお広がるという見方から、円を売り金利の高いドルを買う動きが加速している。

 

 円安回避のため金利を上げれば国債価格が下落  

 財務省の資料によると、今年3月末時点で、税収で返済しなければならない国債と借入金残高の合計は約1017兆円、18年連続で増え、初めて1千兆円を超えた。国債と借入金、政府短期証券を合計した広義の「国の借金」は約1241兆円で、これも6年連続で過去最多を更新した。人口推計1億2519万人で計算すると、国民一人当たり991万円もの借金となる。

 国債のうち普通国債(将来の税収で返済する赤字国債や建設国債などをあわせたもの)は991兆4111億円と1000兆円の大台に迫っている。発行残高の4割以上を日銀が保有し、生損保や銀行の保有額を含めると8割近くにのぼる。

 396兆円の普通国債を保有する日銀だけで、含み損は推計約22兆円、日銀の自己資本は10兆円超だから、潜在的な債務超過状態になってしまう(「日刊ゲンダイ」6月29日金子勝立教大学特任教授の「天下の逆襲」)。銀行・生損保も同額の含み損を抱えてしまう。さらに日銀は37兆円もの株式ETF(上場投資信託)を買い込んでおり、こちらも利上げで価格が下落する。日銀は利上げをしようにもできない状態に追い込まれている。

 東京海上HDは、「重要リスク」として挙げた「日本国債の信任危機」について「政府の信用力低下により日本国債が暴落し、当社グループの保有財産の価値が暴落する」危機を想定している。日本の金融保険企業がこぞってこのような危機を想定する。状況は一変している。 

 

 国債の含み損以外の様々なリスク

 「日本国債が暴落」しないまでも、欧米の中央銀行によるインフレ回避のための利上げ、日銀による円安回避のための利上げのどちらが実施されても、日本の金融保険業界は、影響を受けざるを得ない。

 まず、現在進行中の欧米の中央銀行の利上げによって外国株と債券(外債)の価格が下落する。海外での生損保の営業も勢いをそがれるだろう。

 「東京海上グループの経営戦略」によると、同グループの海外市場での損保正味保険料は、2021年度1兆4206億円(全体の36.5%)、生損保合わせた事業別利益は2523億円(全体の47.8%)に達する。事業別利益では、海外が国内の2167億円を上回っている。

 しかし、世界の債券価値は急減している。今年1~6月の減少額は17兆ドル(約2300兆円)と、6カ月の期間では1990年以降で最大となった。各国の金融引き締めで債券利回りが急上昇し、債券価格は急落。債券の下落が続けば、金融機関の経営リスクも高まる。バブル高を演じてきた株式市場も脅かされている(「日経」7月17日・19日)。

 東京海上HDの増益2586億円のうち、海外営業に係る部分は521億円で、国内損保262億円の2倍にもなる。その要因を大きいものから並べると一過性の影響によるものが201億円、新興国が196億円、保険引受利益が115億円とある。

 「一過性の影響」とは、コロナと自然災害の影響の減少(コロナは200億円、自然災害は190億円)、米国株・債券の売買益(キャピタルゲイン 240億円)、「新興国」とはセイフティ社(タイ)、ホラード社(南アフリカ)、カイシャ社(ブラジル)など発展途上国の子会社から上がる利益を指す。

 こうした利益も、今後米国の利上げをきっかけとする景気後退によって減少を余儀なくされる。「主要国の利上げや需給両面でのショックが重荷となり、世界経済はリッセション(景気後退)するリスクが高まっている。米経済については75%の確率で景気後退入りするだろう。利上げ局面でハードランディングを避けるのは難しい」(ロバート・カーン・米ユーラシア・グループマクロ経済担当ディレクター 日経7月12日)。

 

 景気後退でいちばん影響を被るのは国民

 今後、スタグフレーション(景気後退の局面でのインフレ)も予想されるなかで、大企業は2021年ほど大きな利益をつかむことはできないだろう。それでも、2008年のリーマンショックほどの不景気にはならないというのが、多くのエコノミストの予想である。

 しかし、国民はそうはいかない。ふくれ上がる国の借金、景気の回復につながらない金融緩和政策、円安のもとで急騰する物価で国民はあえいでいる。メガ損保が大儲けするほど進む損保業界の寡占化のもとで、今年10月には火災保険の参考純率が全国平均で10.9%も上がる。東京海上日動は料率アップによって、2022年度は120億円、23年度は230億円もの事業利益を見込んでいる。国と大企業一体の国民無視の政策は止むことがない。