清水雅彦 日本体育大学教授に聞く


   

 

 

  ウクライナへのロシアの軍事侵攻に乗じて、一部の国会議員が声高に「憲法改正」の主張を強めています。しかし、憲法学者の清水雅彦日本体育大学教授は「憲法を変えてはいけない」と語ります。その理由は?

 

●ナチスの教訓踏まえた憲法

 

 「日本国憲法の構造は、国家権力を縛るという市民革命後の考えだけでなく、第2次世界大戦の反省と教訓に基づいている」と清水教授は指摘します。

 ユダヤ人虐殺など残虐行為を重ねた、ヒトラー率いるナチスドイツは、選挙を通じて国家権力の座に就きました。この痛苦の歴史から得た教訓は「多数決は常に正しいわけではない」ということ。国民の熱狂をあおる権力者の暴走が再び起こらないとは限りません。そのため日本国憲法は、国会と内閣、司法の三権分立などの統治機構のありように多くの規定を設け、国家権力が暴走しないように縛っています。

 清水教授は「憲法に基づく政治が行われ、その上で国民の大多数が改憲を求めているのならまだしも、そうでもないのに、国家権力を構成する国会議員が、その影響力を利用して改憲をあおるのは、憲法を理解していない危険な主張だ」と批判します。

 

●憲法に基づくコロナ対策を

 

 自民党幹部は「憲法に緊急事態条項(国家緊急権)がないことが(コロナ対応の)スピード感を鈍らせている」と発言しています。国家緊急権とは、戦争や大規模災害など非常事態が起きた際に、権力を政府に集中させる超法規的な措置であり、国民の権利や自由が制限されます。今回、多くの国でコロナ対応は法律で行っています。

 「日本政府はそもそも憲法に基づくコロナ対策をしていない。25条に基づいて医師などの医療従事者や、ICU(集中治療室)、保健所を増やしていれば、病院にもかかれずに亡くなる人が出るような事態にはならなかった。改憲より前にするべきことがある」(清水さん)

 

●戦争を未然に防ぐために

 

 20世紀は多くの市民を巻き込んだ世界規模の戦争が相次ぎました。一方、世界は侵略戦争の制限(国際連盟規約、1919年)や、「自衛戦争」の制限(国連憲章、45年)などの国際規範を作り、戦争の違法化を進めてきました。憲法9条はその流れをくむものと、清水教授は指摘します。

 国連憲章では「武力による威嚇又は武力の行使を…慎まなければならない」(2条4項)とあるのに対し、憲法9条は「武力による威嚇又は武力の行使は…永久にこれを放棄する」と一層強い表現になっています。清水教授は「9条は国連憲章より進んでいる。戦争違法化の最先端を行く9条を変え、レベルダウンさせることはない」。

 戦争は突然始まるのではありません。「戦争を放棄する」という9条に基づいて、戦争になる前に紛争の火種を一つ一つ解決することこそが大切。これが今こそ世界に広げたい9条の考え方です。