今月のイチオシ本


   『筑紫哲也』 金平茂紀(講談社)

               

                       岡本 敏則

 


 20年以上前、夜のニュースといえば、10時からの久米宏「ニュースステーション」(テレビ朝日)、11時からの「筑紫哲也NEWS23」(TBS)が双璧だった。

 著者の金平氏は現在TBSの「報道特集」(土曜午後5時~)を2010年からやっており、忖度しない唯一の報道番組であろう。金平氏は1994年から2002年まで「NEWS23」の編集長をやっていた。本書は氏の「筑紫哲也」氏へのオマジューであり、TVというメディアの検証である。では二人のプロフィールを見ていこう。

 筑紫哲也氏1935年生まれ、早大卒業後朝日新聞に入社。ワシントン特派員を経て1984~1987年「朝日ジャーナル」編集長。朝日を退社して1989年から2008年まで「NEWS23」のメインキャスター。2008年肺がんで死去。

 金平茂紀氏、1953年生まれ、東大卒業後1977年TBSに入社。1991~1994年ワシントン支局長、1994~2002年「NEWS23」編集長、2005年報道局長、2006年~取締役、2008年~アメリカ総局長、役員退任とともにTBS退社。本書は講談社のPR誌「本」に2013年から2015年連載されたものに5章を書き足し23章に。それは「NEWS23」の23にこだわったためという。氏は「NEWS23」の元スタッフ、TBS関係者、筑紫氏家族などに聞き取りをして、事実関係の確認も行った。

 金平氏は現場の人である。5年前共謀罪反対の行動が連日国会前で行われていた。2017年6月15日、始発の電車で国会前に行くと30人ぐらいの徹夜組の人たちがいた。総がかり行動の高田健さん、そして金平氏の姿があった。よく晴れた朝で今でも鮮明に覚えている。その日の午前に「共謀罪」は強行採決された。本書は367ページ、筆者が付箋をつけたところを紹介してみたい。

 

 ◎朝日はヤクザ?=筑紫氏はTBSへ一度決まりかけたが、朝日社内の事情で取りやめになった。朝日の首脳の一人が「もし朝日を退社してTBSに行くならば、この世界で二度と飯が食えないようにしてやる」と氏に伝えたという。まるでヤクザの世界である。

 ◎吉祥寺焼き鳥屋「いせや」=筑紫氏は、井上陽水、坂本龍一、忌野清志郎など音楽家と親交があり、番組によく呼んだ。高田渡(元祖フォークシンガー)との出演交渉を行ったところが「いせや」の2階座敷。高田(いせやの常連)は一人で自転車に乗ってやってきて、すっかり出来上がり自転車を置いて帰っていった。(*「いせや」は大昔から私(岡本)も通っている。吉田類の「酒場放浪記」では第1回目に登場した)

 ◎筑紫氏と政治家=氏は朝日時代から政治部記者として政治家とはよく付き合っていた。三木武夫元首相とは非常に懇意になって、三木邸の寝室まで入り込んで寝食を共にしていたことさえあった。2000年ごろ、氏と酒の席で金平氏は「日本の政治家でだれが今後、総理大臣になったらいいと思いますか?」と尋ねたら「うーん、菅直人かな。彼を推す人間は僕の古巣の朝日でも多いよ」と。また氏は辻本清美氏に政界入りすることを熱心に勧め、本人も「製造元責任者」と自認していた。

 ◎政治記者とは=金平氏は常々政治記者の生きざまというものを「外部」から見てきた。そして、彼らは同じ記者仲間の中でもなぜあんなに偉そうに振舞うんだろうかとか、(政治家と)癒着を誇示して恥じることはないのだろうかと、生前の筑紫さんに直接ぶつけたことがある。筑紫氏「政治部記者っていうのは、腐った汚水の沼に潜っていかなきゃいけない場合があるんだ。そうしないとネタが取れないから。でも長く潜っていると時々息継ぎをしなきゃならないから、水面に戻ってくるだろ。そこで息をしてその時何を言うか、だな」

 ◎田中真紀子氏から見た久米宏と筑紫哲也の違い=テレビに出ている司会者というのは、今でもそうだけど、結構、自分を売り込むというね、ゲストから意見を聞くというよりも、自分を売り込むような人が多くて非常に鼻につくじゃないですか。久米ちん(早大在学中同じ演劇クラブに所属)もそういう傾向があるんですよ。一刀両断で人のことを斬ってきてね、返り血を浴びても人を斬りつけるところがあって(笑い)。終わると、あんた、全然友情ないねって言うと、あるもんかい、プロとプロなんだぜ、なんて言うんですよ、久米ちんは。筑紫さんにはそれが全然ない。それで、あの方は聞き上手。私、本当に聞き上手だと思う。あの方は極め付きの聞き上手ですよ。本当にこちらが安心して、胸襟を開いて話せるような、あれは彼のパーソナリティですよ。

 ◎絶滅危惧種金平氏が見た今の日本=メディアを介して飛び交う情報、コミュニケーションの生産物=アウトプットの価値事態に興味がない受け手。人々は信じたいもの、知って気持ちのいいものだけを求めています。だからファクトチェックなんぞ余計なお世話だ、と。信じたい事実こそが真実だ、と。売り上げが激減したテレビ局が今やりだしていることは何かといいますと、視聴者のなかから「コア・ターゲット」(購買力のある視聴者)を絞り込んで、その顧客層(若年層)に受けるように、番組編成や見てくれを変えて行け、と号令をかけているのです。彼らの中では視聴者は顧客=お客様なのです。貧すれば鈍する。今この時に僕は自分自身に問うているのです。そういう環境の中でテレビはそもそもジャーナリズムを担いえるのか?今、筑紫さんが言われた「『筑紫哲也NEWS23』のDNA」の絶滅危惧種の価値をかみしめています。何度も折れそうになりながらも、まだ僕は希望をうしなってはいません。