今月のイチオシ本


『新世界秩序と日本の未来』内田樹・姜尚中(集英社新書)

               

                       岡本 敏則

 


 今、左派からの発信力が弱い。かつて、大島渚、小田実、野坂昭如といった「武闘派」がいて発信力があった。内田樹(うちだたつる)氏は1950年生まれ、都立日比谷高校を品行不良で退学処分され、大検に合格し東大文Ⅲに進学した。思想家、神戸女学院大学名誉教授。もう一つの顔は合気道七段凱風館館長。本書は姜氏(1950年生 東大名誉教授)が問題提起し、内田氏が応えるという形式。まさに目うろこ本、丸ごと読むことをお薦めします。

 

 ◎米国=アメリカ人の頭の中では「自由」と「平等」は対等ではない。自由は自己決定できます。「オレは今日から自由に生きるぞ」と宣言すれば、ある程度まではその日のうちに達成される。「よし、オレが今日から社会的平等を実現するぞ」と宣言したって、個人の決断では実現できない。平等というのは公権力が私権・私財に介入することなしには実現しないからです。自由は「私事」ですけれども、平等は「公共の出来事」です。アメリカでは、市民的自由が最優先に配慮されるわけですから、私権の制限・私財からの徴収という市民的自由の制約なしには達成できない平等は必ず後回しにされる。独立宣言には”All men are created equal”「創造主は我々を平等なものとして創られた」と書いてあります。万人は神によって創られているということは、平等は天地創造時点でもう達成されているということになる。だから、創造された後に生じた格差は自己責任だと、そういう話になる。スタートラインでは、白人も黒人もアジア人もネイティブも、みんな創造主によって平等に創造された。だから、それからあとどれだけ富裕になるか、どれだけ大きな権力を手に入れるか、それはすべて人間的努力の成果である。アメリカでは、成功するチャンスはすべてのアメリカ人に等しく賦与されているという前提が採用されている。だから自己努力で獲得した富や権力を公権力が介入して取り上げて、それを「努力しなかった人間たち」に再分配するというのはあってはならないという理屈になる。トランプが年間750ドルしか税金を払っていなかったという驚嘆すべき事実が明らかになっても、「私が税金を払っていないのは、私が賢いからだ」と公言して支持者から拍手喝采を浴びることになった。

 

 ◎中国=新彊ウイグルが問題になったのは、彼らがスンナ派チュルク族だからです。トルコからアゼルバイジャン、トルクメニスタン、カザフスタン(3国は旧ソ連邦に所属)、新彊ウイグルとユーラシア大陸を東西に貫いて、同一人種、同一言語、同一宗教、同一の生活文化を共有する1億3000万人が暮らしています。トルコから新彊ウイグルに至るこのスンナ派チュルク族ベルトを抑えた国は、これから先ユーラシア大陸で重要な地政学的地位を得ることができます。ですから、トルコとロシアと中国がこのエリアでヘゲモニーを争っている(*ロシアのウクライナ侵攻で仲裁役に名乗りを上げたのがトルコと中国)。中国は完全監視社会と言われますが、新彊ウイグルが最も監視が徹底しています。全住民にQRコードが付けられて、顔認証、光彩、指紋、声紋、DNA・・・と最先端のテクノロジーで全住民の一挙手一投足が監視されている。中国がこれだけ新彊ウイグルの分離主義に対してナーバスになっているのは、単にそれが国内統治上のリスク・ファクターだからというだけでなく、これを放置するとトルコから新彊ウイグルまでを結ぶ巨大な「スンナ派チュルク族ベルト」が出来上がり、それが中国の構想する「一帯一路」と正面からぶつかることになる。それを恐れているからだと思います。中国は世界で最も先端的なAI技術も駆使した国民監視システムを完成させていますが、この治安維持費はもう10年ほど前から国防予算額を超えています。つまり、「海外からの侵略」よりも、「国内における反乱」の方が蓋然性の高いリスクだと、少なくとも党中央は考えている。中国政府は自国民を潜在的な「敵」とみなしているらしい。

 

 ◎日本=バイデンにしても日本だけではなくて、韓国や台湾を含めて西太平洋にどういう形で長期的な戦略を展開していくかということに関して、アメリカには特に実現したいプランはないんじゃないかと思います。もう日本列島も、朝鮮半島もインドシナ半島も焼いたし、それで何となく「気は済んだ」ということじゃないかと思うんです。今更3億3000万人のアメリカ国民の気持ちが一つにまとまるような西太平洋戦略って存在しないんじゃないかな。日本の場合、日米外交のフロントラインに立っているのは日米合同委員会です。日本側からは外務省の北米局長はじめ各省庁の代表が出てますけど、アメリカ側のメンバーは、代表が在日米軍副司令官です。副代表に公使が入っているだけで、あとは全部軍人です。つまり、先方は米軍の「軍益」だけを代表している。ですから、日本政府が対米交渉において、最優先に配慮しているのが、ホワイトハウスの意向よりも先に在日米軍の意向だということになる。米軍は沖縄に広大な基地を持っていて、自由に使える空港も港湾もある。サーフインもできるし、ゴルフもできるし、家も広いし、飯も美味い。この既得権益を手離したくないんです。米軍基地に政府がじゃぶじゃぶ予算を注ぎ込むのを自衛隊が喜んでいるのは、米軍がいなくなった後にその既得権を自分たちが「居抜き」で受け取るつもりだからです。米軍基地が広ければ広いほど、米軍が去ったあとの自衛隊基地も広くなる。だったら、今のうちにできるだけ米軍基地を広げてほしいと思っているんじゃないですか。辺野古基地だって、日本政府が糸目をつけずに金をつぎ込んでいるのは、それがいずれ自衛隊基地になるからという算盤をはじいているからでしょう。