真山  民「現代損保考」


                     安全・防災費用をケチる企業と損保の「保険関係」

   米菓業界2位の工場の火災の原因(写真はNHKwebニュースより)

 

 

 「三幸」とは、お客様、取引先、会社と社員の幸せ、それを社名とし、亀田製菓に次ぐ米菓業界第2位の三幸製菓荒川工場(新潟県村上市)で、2月11日発生した火災事故は、死者6人、負傷者1名、工場1棟が全焼するという惨事となった。

この事故で考えなければならないことは3点ある。

 第一に火災の原因、現時点(2月18日)では警察、消防署が調査中である。「(製品を焼く)網目の下に煎餅のかすか何かが落ちて燃え広がった」という証言があり、19年11月に発生した製造工程の乾燥機の焼損も、機械内部に堆積した煎餅のかすが熱せられたため出火したと見られている。このことから、粉塵爆発が原因とも取りざたされているが、そう結論づけられたけではない(工場の爆発や火災の究明には、時間がかかることが多い)から、粉塵爆発の原因や、その恐ろしさについては別の機会に書きたい。

 第二に、荒川工場では今まで8件もの火災事故が発生しているのに、なぜ防災を怠り、6人もの死者が出る大事故を発生させたのかということだ。同工場では従業員らに対し、火災で防火シャッターが下りた際の避難用扉などが周知されていなかったとみられている。従業員らは「避難訓練でも説明されたことはない」と話しており、非常口の周知不足が逃げ遅れにつながった可能性がある(新潟日報 2月17日)。

 第三に、6名の死亡者のうち、70歳代が3人、60歳代(68歳)が1人と高齢者が多いことである。しかも、いずれも女性で、雇用関係はすべてアルバイト従業員だったことだ。

 

    儲かっていた三幸製菓

 三幸製菓は儲かっていた。同社は2019年11月には、新発田工場(新潟県新発田市)の敷地内に2つの工場を新設、2020年4月には、新潟県内で正社員を含め80名を新規に採用、新型コロナウイルスの影響で、県内でも失業や倒産などの動きがあるなかで、同社は社員の採用を通じて、県内での雇用創出と経済の活性化に貢献していると評価された。また、スパイス風味のおつまみ系チョコとか、アーモンド菓子を新たに販売するなど、「脱・米菓一本やり」をめざすという意欲も示していた。さらに、2021年秋から米菓の焼きと味付けのための新工場が稼働したほか、25億円を投じ建設した生地工場の稼働も開始した。

 

    減らない大企業工場の事故

 そういう企業が6人の従業員、そのうち4人は70歳前後の高齢の女性という事故を起こしたことをどう捉えればいいのだろう。結論をいえば、儲けに直接つながる新工場の建設や新商品の開発にはカネをつかう、儲けにつながらない防災装置にはカネをつかわない。それが、大事故を発生させ、従業員の死亡事故を招いたということだ。

 企業がヒトよりモノ、カネの考えに染まっているから、死者を伴う事故は減らない。近年も、化学工場で従業員、消防隊員の死亡、負傷に、付近の住民も巻き添えにする事故が相次いでいる。火災保険の工場物件の火災、破裂・爆発事故の件数も支払い保険金も、いっこうに減らない。

 2014年度 1490件 303億1509万円  

 2015年度 1406件 258億9697万円  

 2016年度 1355件 508億1375万円

 2017年度 1420件 386億4663万円

 2018年度 1395件 532億1709万円

 2019年度 1420件 649億3907万円

 (損害保険料率算出機構『火災保険・地震保険の概況 2020年度版』に拠る)

 

    スマート工場と損保のリスク診断サービス

 こうした状況に対して企業と、損保の動きはどうか?企業はスマート工場、工場内の生産設備や工作機械をネットワークで接続し、情報管理や生産の最適化、効率化を実施する工場を構築する。また、IoT・AI・ロボットといった新しいIT技術を活用して生産活動を高めようとしている。しかしスマート工場のめざすところは生産性の向上、生産高の増加であって、事故防止・防災まで視野に入れているかは疑問である。

 一方、損保はどうか?東京海上グループなどメガ損保は、顧客が偶然の事故や自然災害で被った損害を「事後」に補償するという17世紀以来の基本的なビジネスモデルを超えて、サービスを顧客に事前に提供することに挑んでいる。その一つが、SOMPOホールディングスが、昨年策定した中期経営計画に盛り込んだサブスクリプション(定額課金)型の防災分野のサービスである。同社は出資先の米スタートアップのワン・コンサーンなどと共同で人工知能(AI)を使って自然

災害の規模を予測し、災害発生時のリスクを減らすサービスを提供する。

 しかし、こうしたサービスも、自然災害や自動車運転の事故・災害、あるいは個人の健康に関する予測の情報提供にとどまっており、今のところ、工場に存在している日常的なリスクの防止につながるサービスにはなっていない。企業にとっては、損保の防災サービスを取り入れるより、授業員を大切にする、その心構えと体制作りが肝心だ。それなくして、いくらSCSR(企業が果たすべき社会的責任)を強調しても、従業員も社会も信用しない。当然、損保側にもそうした問題意識を念頭に置いた顧客との「保険関係」の構築が求められるはずだが、その認識は希薄だと思わざるを得ない。

 

    70歳代女性死亡の背景、日本は世界一高齢者が働く国 

 第三の、6名の死亡者のうち、70歳代が3人、60歳代(68歳)が1人と高齢者が4人死亡した背景には、日本の65歳以上の労働者の割合が、2020年に48%と世界一高いという事実がある。この比率は、1960年は8.77%で、60年間で488%増加している。都市部を上回る高齢化、年金の削減、稲作の減反は、地方住民にさらなる負担を強いている。そういう中で、70歳過ぎても働かざるを得ない状況がある。

 このような苦境は、もとより高齢者に限ったことではない。その象徴的な表れが、ここ数年街で頻繁に目にする、ウーバーイートに代表されるギグワークである。2021年下半期の芥川賞、砂川文次の『ブラックボックス』は、NORTH・FACEを着用しロードバイクを駆って、料理を運ぶギグーワーカーの実態と彼らの心情を描いた作品である。このギグワークに対する日本の政府、企業、および保険会社の対応について、次号で述べてみたい。