真山  民「現代損保考」


                        MS1Brainの導入を検証する

 

 事業費圧縮の武器DX

 

 「週刊ダイヤモンド」(2021年12月11日)が、MA&ADインシュアランスグループホールディングス(以下MA&AD・HD)について、「海外大手と肩を並べるという目標を達成するには、人件費や代理店手数料のいっそうの圧縮が必要」とし、特にあいおいニッセイ同和損保の事業費率が、他社の事業費率に比べて高いと指摘したことは、前月号で述べた。

 この指摘に対し、MS&AD・HDは、主としてあいおいニッセイ同和所属の旧大東京火災時代からの整備工場代理店や、旧同和火災も含めた中堅零細代理店を、大型プロ代理店や金融機関別働体代理店に吸収させ、そのため当面、代理店手数料を削減できなくとも、吸収先の大形代理店に損保会社の支社機能を代替させる。こうして、整備工場代理店や中堅零細代理店が所属する小規模な営業拠点を廃止し、物件費を圧縮する。人件費の圧縮も怠らない。これによって、グループ全体の事業費を、漸減する、そうした青写真を描いている。

 しかし、「週刊ダイヤモンド」に言わせると、イタリアのゼネラリ保険やドイツのアリアンツ保険など「欧米の保険会社の事業費率は20%台が常識」だから、MS&AD・HDも見込みはまだまだ甘いということになる。そこでもう一つ、MS&AD・HDが事業費圧縮の武器としているのが、DXの活用だ。

                

  180億円投じたMS1Brain

 

 DX(Digital Transformation)とは何か? 2018年に経済産業省が公表した「DX推進ガイドライン(Ver. 1.0)」では、こう定義している。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

 では、昨年6月に「DX銘柄2021」に選定され、2018年の「IT経営注目企業」、19年の「攻めのIT経営銘柄」、20年の「DX注目企業」と、4年連続で「IT先進企業」と認定されたMS&AD・HDのDXとは具体的にどのようなものか。

 「日経クロステック(日経×TECH)」(2021年8月21日)は、「MS&AD・HDは、DXを“既存損保事業の業務変革”と位置付け、AIやドローンなどの最新技術を積極的に導入している」と紹介し、三井住友海上が180億円を投じて構築した代理店向け営業支援システムMS1Brain」について、説明している。

 1.顧客にぴったりな保険商品や補償内容の見直しを、最適なタイミングでAIが提案するシステムであり、全国3万8000の代理店へ2020年2月に一斉導入。2021年2月には非対面で顧客と代理店の担当者がやりとりできる「MS1Brain リモート」を追加し、機能を強化した。

 2. MS1Brainで目指すのは、営業活動の「起点」を自社の事情から顧客のニーズへと切り替えること。それまで営業活動で見られた三井住友海上や代理店がその時の一押し商品を顧客へ提案することから、MS1Brainによって、AIが顧客のニーズやリスクを予測した上で、それぞれの顧客に合った商品を選定し提案できるようになった。

 3.AIの導入によって、顧客に提案する内容の質も向上した。これまで、代理店の営業担当者の経験やノウハウに大きく依存していた顧客に対する提案をAIが一定程度の品質を確保した提案を用意してくれるため、担当者による品質のバラつきがなくなった。

 

 顧客の属性や契約内容からニーズ予測

 

 MS1Brainの、例えば「顧客ニーズ予測分析」という機能は、既存顧客のニーズをAIが予測し、代理店に対して各商品に対するニーズが高いと予測される顧客のリストを提示する。代理店の担当者はパソコンの画面から、顧客に合わせた最適な特約や商品を勧めることが確認できる。顧客ニーズを予測するAIは、顧客の年齢や性別といった属性、居住地などの情報に加え、保有する自動車の車種など契約に関連するデータや事故に関するデータを学習させて開発した。

 さらに、MS1Brainには、顧客一人ひとりに合わせた保険プランを提案する動画を配信する仕組みである「パーソナライズド動画」という機能も搭載、顧客に満期案内に、パーソナライズド動画用のQRコードを記載し、顧客がQRコードをスマートフォンで読み取ると、動画が閲覧できる。動画は顧客の年齢や住所、契約内容に応じて、個人に合わせてシステムが自動的に作成される。

 契約更新手続きもMS1Brainリモートによって、これまでは、代理店の担当者が契約者を訪問したり、電話で手続きを行っていたが、それがオンラインで完結できるようになった。

 

 代理店支援DXは募集の二重構造解決のため

 

 MS1Brainの開発は、昨年就任した三井住友海上・舩曵真一郎社長の肝煎りプロジェクトという。舩曵社長は、こう語っている。「保険会社は、基本的に紙の仕事。MS1Brainの導入で申込書、証券、約款、ご案内書、これらの紙をなくしてペーパーレスにしていきたい。お客様に提供する情報の整理と分析を進めて利便性を向上させ、さらに代理店も含めた全体の業務量を最適化する」(「ダイヤモンドオンライン」2021年7月26日)

 それ以上にMS1Brainの導入の狙いは募集における二重構造の解消だろう。契約事務や顧客対応業務において、本来は代理店が単独で担うべき業務であり、それが代理店のリソース(能力と資源)不足のために損保会社の社員が行わなくてはならない構造は積年の課題と損保経営者は考えてきた。そのためには、MS1Brainを最大限活用し、ITリテラシーに欠ける代理店にはお引き取り願いたいというのがMS&AD・HDと三井住友海上の方針である。

 MS1Brainは今のところ、三井住友海上の代理店向けのシステムだが、中核代理店制度を敷き、それに自社の営業店機能の代行させることをもくろんでいるあいおいニッセイ同和損保も、「導入して効果が見込める代理店には前向きに検討する」という。東京海上HDもSOMPO・HDもDXを代理店に導入し、保険販売と事務の効率化を進めている。DXは今後、損保にとって業務改革の最大の武器になるに違いない。

 

 顧客の視点から見れば…

 

 しかし「顧客にぴったりな保険商品や補償内容の見直しを、最適なタイミングでAIが提案するシステム」というMS1Brainが提案する「一押し商品」とは、顧客の視点からみれば、保険会社が売りたい商品を購入してくれそうな顧客を見つけて放さない商法でもある。たとえば、ネットで本を購入すると、次々と「あなたにぴったりの本があります」とのお薦めが押し寄せるが、それと同工異曲。顧客ニーズではなく企業ニーズなのだ。顧客の個人情報を起点に、顧客の個性とか自由度が企業文化のローラーによって一様化されようとしている。

 ここは深い洞察を要するところである。