今月のイチオシ本


『新興国から見るアフターコロナの時代』川島真・池内恵 編 東京大学出版会

               

                       岡本 敏則

 


 新型コロナが世界で猛威をふるっている。その中で東大出版会は今まで2冊の本(本欄で紹介した『コロナ以後のアジア』「アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序」)を出版してきたが今回3冊目を出版した。

 目まぐるしく情勢が変わる中で、本書は1年近く出版が遅れた。編者の池内恵氏(東大教授・専門イスラーム政治思想史)も「あとがき」にこう書いている、「本書は書き手も、そして読み手も、新型コロナ禍により、長時間にわたり、渡航制限や外出・会合の自粛を迫られ、不安で不自由な日々を過ごしたことにおいては、多くを共有しているだろう。現地調査を封じられた地域研究者たちが、制約の中で、現地の情勢の把握を模索し、そこから《アフターコロナ》の世界を展望した記録として、本書を現在と後世の読者に届けたい」と。本書が取り上げた国、地域は、インド、インドネシア、ブラジル、モンゴル、中国新疆、香港、北朝鮮、中央アジア、キューバと多岐にわたるが、その中からいくつかをピックアップして紹介してみたい。

 

 ◎中東湾岸産油国=湾岸産油国は最後まで石油輸出国であり続ける、というのが、現実的に辿ることのできる成功シナリオでしょう。これ以外のシナリオを描くとすると、国民社会が劇的に変化して、高水準の労働者を自国民から生み出し、科学技術を自ら発展させて実用化していかなければならないが、そのような大規模な社会構造の転換が短期間に生じるとは考えにくい。需要減の苦しい時期を凌ぎ、脱炭素化を経て一定程度残る、石油・天然ガスの世界市場における需要の多くを満たす、市場支配力をより強化した形で産油国としての地位を維持して生き残るというのが、表立って言わないものの現実的にありうる選択肢でしょう。(池内)

 

 ◎ロシアプーチン・システムはコロナを生き残れるか=「プーチン・システム」とは①1990年代のような政治的・経済的混乱を阻止し、社会の安定性を確保するために大統領が強い権力を握る②大統領は少数の有力者にエネルギー資源その他の利権を分配し、権力基盤を形成する③議会の役割、報道・言論の自由、少数者の権利等は一概に否定されないが、上記の権力構造に異を唱える場合には政治的弾圧を受ける④国民は権威主義的な政治を受け入れる代りに生活水準の向上、社会の安定、国際社会における国家の威信といった実利的・精神的恩恵を受ける。プーチン大統領は憲法改正(2020年)によって2024年以降も現職に留まるオプションを維持している。コロナ危機のダメージが限定的となれば、プーチン・システムを大きく変革するインセンティブ(外的誘因)も薄れ、プーチン大統領の終身化、そして停滞の継続というシナリオが現実味を増すことになろう。(小泉悠東大特任助教)

 

 ◎アフリカの現状=アフリカの多くの国は、出生数はなんとか把握できても死者数とその死因を把握できていない。29ヶ国が国連に死者数を報告していないし、国内死者の75%以上を把握している国は54ヶ国中南アフリカを含む8ヶ国しかない。感染者数は検査数に依存するから、その国の感染実態を推測するには感染死者数がもっとも重要な指標になるが、アフリカの場合一部の国を除いてそれすら分からないのである。南アフリカでは毎年10万人が感染症で亡くなっており、750万人がHIV感染者である。アフリカ社会はマラリアやエイズはじめ感染症の脅威に日常的に晒されている。希少な医療設備を新型コロナ対策に集中すれば他の患者を犠牲にすることになる。(平野克己日本貿易振興機構上席研究員)

 

 ◎太平洋島嶼国(パラオ、パプアニューギニア、フィジー、バヌアツ、トンガ等)の現実=国連海洋条約が議論された70年代に広大な海洋資源の権利を主張し多くの島嶼国家が誕生した。ところが冷戦終結後の90年代は米国の太平洋への関心が一気に消え、さらに宗主国の英国はその存在をEUの中に隠した。ミドルパワーの豪州とニュージーランドが広大な海洋に散らばる太平洋島嶼国を一気に面倒見ることになった。その限界はトンガが

1998年中国寄りに外交関係を変更したあたりから明確になり、太平洋全体が雪崩式に中国に傾いていった。実は中国の支援は80年代から始まっていた。1987年フィジーのクーデターで西洋諸国が援助を中止する中、軍事支援をしたのは中国である。太平洋島嶼国の主権、制空権、制海権、さらには宇宙開発の足掛かりともなる太平洋について中国は関与を強化しつつある。南シナ海仲裁裁判でいち早く中国の「歴史的権利」という立場を支持したバヌアツ共和国、先に到着した中国からの支援物資を運ぶ飛行機が滑走路から移動せず、豪州からの支援物資を運ぶ飛行機が着陸できず引き返す、という場面もあった。中国の当該地域へのアプローチは経済支援規模では縮小したが、政治的動きは強化されている。その中で米軍はじめ、同盟国(日本含む)によるインド太平洋の海洋安全保障強化が加速した。(早川理恵子同志社大学大学院)