=新年随想=

 

     

     精神科専門医

   香山リカ さん

 

「自己責任社会」変える年に


             Profile

 かやま りか 1960年生まれ。東京医科大学卒業。専門は精神病理学。現在は立教大学現代心理学部教授、神戸芸術工科大学大学院や甲子園大学心理学部の客員教授を務める。精神科医として心の問題を中心に、社会問題についても多くのメッセージを発信している。著書に「精神科医・香山リカのわかりみが深いココロの話」(白夜書房)、「明日がちょっと楽しみになるコツ 友だちのひみつ」(小学館クリエイティブ)など多数。

 


 新型コロナウイルスの感染拡大から約2年。心置きなく古里に帰省したり、友人と会って会話を楽しんだりすることが難しくなってしまいました。仕事の面でも、長引くコロナ禍で「先が読めない」状況が続き、心理的なストレスは労働者のメンタルヘルスに大きな影響を与えています。私の診察室にも、強い不安感を抱いて受診する人が少なくありません。

 コロナ以前は、労働者が上司に注意されて落ち込んだ時に同僚から声をかけられたり、先輩からアドバイスを受けたりして、気持ちを切り替えることができました。しかし、リモートワークが急速に進み、そういうスモールトーク(雑談)が難しくなりました。うまく気持ちを切り替えられず、「オンライン会議後の作業がつらい」と訴える患者さんもいます。労働者が心の健康を保ちながら働くには、スモールトークのような気分転換、つまり、仕事と生活との間の「クッションの時間」が必要です。

 私は労働組合が「クッション」の役割を果たしていると思います。職場の不満や悩みを仲間の組合員に話したり、会社に改善を求めたりすることもできます。患者さんの職場に労働組合があれば、病気になることもなかったかもしれないと思うことが、診察をしていてよくあります。

 

 患者さんの中には、家族や同僚が新型コロナに感染し、なすすべのない無力感と強い不安感から、「私は生きている価値がない。社会の役に立っていない」と悩む人もいます。

 菅義偉前首相が自民党の新総裁に選出された直後、目指す社会像として「自助・共助・公助」と発言し物議を醸しました。私は「自助」という自己責任論が患者さんを追い詰めている面があるのではないかと考えています。

 多くの人が思い悩んでいるのに、政府のコロナ対策は一時しのぎで場当たり的なものばかり。感染拡大第5波の時には「原則自宅療養」という方針まで打ち出しました。「自助」の最たるものでした。

 政府には「命が一番大事。窮地に陥っている人には手を差し伸べます」というメッセージを出して実行して欲しい。

 苦しみ、困っている人々に寄り添わず、科学的知見や根拠の乏しい対策を声高に叫ぶ政治はもう終わりにしなければなりません。