北 健一 「経済ニュースの裏側」


半沢直樹と金融庁戦記 

 自身の取材経験に照らして考えさせられるシーンが、ドラマ「半沢直樹」には出てくる。金融庁検査は「悪」、コゲつきかけた融資先の資料を隠す(ドラマでは「疎開」)細工を「善」と描く場面だ。

 背景には、銀行が当時抱えていた不良債権があった。その処理が重要課題だった頃からのドラマを金融行政側から活写したのが、ジャーナリスト・大鹿靖明さんの『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』(講談社)である。

 ジムで鍛えて胸板が厚く肌は赤銅色に焼け、カラフルなシャツを着こなす。ついた渾名が「ジローラモ」。ジローラモとは、ファッション誌「レオン」の表紙を飾るイタリア人タレントだが、「主人公」のキャラが立っている。『金融庁戦記』は「半沢」と違ってノンフィクションで、カネボウ、ライブドア、AIJ投資顧問、東芝、仮想通貨など世間を騒がせた経済事件の内幕が生々しく明かされていく。

 教えられた一つが、検査官が捕物帳のように銀行に乗り込み融資ファイルを調べ尽くす手法が「日本流」だったことだ。海外の金融当局は「無駄が多いうえ、経済に与える副作用が大きい」と冷ややかだった。敏腕検査官を「サルにマシンガン」と皮肉る見方さえ金融庁幹部にあった。

 粉飾を重ね伝統ある企業を危機に陥れた経営陣やAIJ投資顧問のような詐欺商法をコツコツと追及した金融検査官、証券取引等監視委員会職員らの奮闘には、本書を読んで改めて敬意を抱いた。

 企業からみると、違う光景が広がる。担保不動産の暴落で「不良債権」に分類され、「処理」される企業経営者のうめきを聞いてきた私には、敏腕検査官を皮肉る視点が金融行政内にあったことに救いを感じる。

 時はめぐり、金融行政は「処分庁」から「育成庁」への転換を図るべく試行錯誤している。鋭い嗅覚をもった捜査官のような「霞が関のジローラモ」とは違った人材が、これからは必要になるのかもしれない。だが、彼の活躍を支えた基盤、前例の縛りの少ない新しい官庁、民間からも人材を集めたスタッフの多様性、海外勤務の経験は、金融行政の未来にこそいっそう求められるような気がする。「過去問」を正確に解くよりも、時代の求めるアジェンダセッティング(課題設定)をしていくために。