暇工作「生涯一課長の一分」

           勝利の意義を説くのはやめました


 「暇さんですか。Sです。10年ぶりですが覚えてくださってますか?」

 言われても咄嗟には思い出せなかった。

 「B社事件で、お世話になったSです」

 ああ、ある企業で雇止め通告を受け、個人加盟労組に加入してたたかったSさんか。おぼろげながら、その端正な相貌が浮かんできた。あのときはまだ20代後半だったから、いま40歳くらいか。バリバリの働き盛りだ。

 聞けば、現勤務先で再びリストラ対象になったので相談に乗ってほしいという。会って事情を聞くことにした。Sさんは、その後いくつかの職場を転々としながら、専門性の高い技術とキャリアを積んで現在の大企業に職を得た。収入も相当高い。退職に応じれば、そこそこの一時金が手に入るという。正直言って今の会社にそれほど未練はない。どこへ行っても自分の能力なら買ってくれる企業はあるはずだ。だが…なんだかすっきりしない。なぜだろうと考えて、ハッと気が付いた。あのB社とたたかった経験だ!あのたたかいの動機は、雇止めが納得できなかっただけではない。

 「あのとき、暇さんから『人としての誇りをかけたたたかいです』といわれて、目から鱗でした」

 10年後の今、Sさんは、そのことを再認識したというのだ。ともかく会社の手前勝手な雇止め通告に怒りの一矢を報いたいという思いに燃えたのだ。

 そこまではいい。だが、たたかうとすれば、何を目標とするのか。暇としては当然、職場確保(復帰か?)だと思ったのだが…

 ところが、怒りの強さとは裏腹に、Sさんの具体的な闘争目標がいまいち、はっきりしない。自身でもどうしたらいいか迷っている。この際、退職するのもいいかな、という気持と決別できない。退職一時金という目先の甘い誘いもある。

 うーん。まずは、そこから決めていこうよ、と話し合いを続けているうち、急転直下、会社から本人宛に「引き続き勤務してほしい」という意思表示があった。リストラを突きつけながら何故か手の平を返してきたのだ。Sさんの怒りが会社に伝わったのか。暇たちに相談していることを察知し事態を収めたのか。それとも、本人の後釜が計算通りに補充できなかったというご都合主義なのか。理由も経過も不明のままだ。

 相談を受けた暇としては、これ以上の結果はないと思ったが、それほどの感激に浸っているわけでもない本人に、「勝利」を押し付けたり、その「意義」を説く野暮はよそうと思った。それよりも、Sさんが10年前の、たたかった誇りを自分の血肉として持ち続けていたことを、確かめ合うことができた。それで十分ではないか。そう思う暇であった。