昭和サラリーマンの追憶 

              

      

 

           前田 功


 当世進学事情

 

 ハリーポッターの舞台にもなった英国の名門校が、岩手県の安比高原に日本校としてハロー・インターナショナル・安比・ジャパンを開くというニュースがこの夏あった。中高一貫で、世界の有名大学への進学を目指すという。全寮制で、その授業料・寮費などで、年間900万円ということだ。その額に驚いて、他の進学校はどうなんだろうと、調べてみた。

 

 東大合格者数最多の開成の場合、学校に支払う分だけで、年間100万円くらいとのこと。ただ、それだけではすまないようだ。

 開成に入っても、塾に通う子が多いらしい。鉄緑会という塾がある。鉄緑会の「鉄」は東大医学部の同窓会「鉄門倶楽部」の「鉄」、「緑」は東大法学部の同窓会「緑会」の「緑」。東大医学部、法学部の学生・卒業生によって、1983年に設立された東大受験指導専門塾だ。(2007年から、ベネッセの傘下に入っているが、ブランド戦略としてベネッセの名前を隠しているようだ。)

 塾の規模が小さいため、東大合格者数ランキングでは5位だが、東大の中でも難度の高い理Ⅲ(医学部)だけの過去のランキングをみてみると大手の駿台・河合塾・東進などを抑え1位となっている。

 開成や桜蔭に入っても、半数前後はここに行くらしい。ここの費用は、学年や科目数にもよるが、年間100万近くかかる。今の時代、いい大学に行くには、ともかく、カネがかかる。

 

 福沢諭吉の「学問のすゝめ」の中に、「人は生まれながらにして貴賎・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事を良く知る者は、貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」とある。私たちの世代は、これを信じてまじめに勉強し、学校時代そして現役時代を過ごし、今があるのだと思う。

 

 私が学生の当時、私立大学の年間授業料は、8万円くらいだった。対して、国公立は9000円。私の場合、父が早く亡くなったことから、大学に行くなら、現役で、授業料の安い国公立に入ること。大学に行くにはそれしか選択肢はなかった。幸い現役で国公立に入れたので、大学生活で授業料に苦労することはなかった。年2回払いだったので、半期分4500円は数日アルバイトをすれば稼げる額だった。

  憲法14条には、「国民は、法の下に平等であって・・・経済的・・関係において、差別されない。」とある。また、26条には、「すべて国民は、・・・その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」とある。私が学生だった時代は、その精神が、活かされてしていたのだと思う。

 しかし、今の若い世代はそうはいかない。現在は、国公立大学の授業料は50数万円。私たちの時代の60倍。私学は80~150万で10倍。国立大学行政法人化など新自由主義的政策の結果と考えられる。 

 さらに、前記のとおり、名のある大学に行くには、大学の授業料だけでなく、中高一貫の学校に行ったり、高い費用の掛かる塾に行ったりするカネがかかる。

そうやって受験競争に勝った人の側から言うと、開成の教育や鉄緑会の受験指導というサービスを買ったのだ。買う買わないは自由なんだから文句言うな。ということかもしれないが、これは教育の問題。教育を受ける「機会は平等」でなければならない。現在の進学競争の状況は、憲法の精神からすれば、違憲である。

私たちの世代は、さほどカネはかけなくても、学びや努力を重ねることで、安定した生活を手にできた。努力は必ず報われるという考え方。そうあって欲しいと思う。が、残念ながらそれが真実と言えない時代になってしまったようだ。

 

 いまや、出来レース(勝者が決まっている競争)を強いられる差別社会になってしまっていると言ってもいい。若者の間で、「親ガチャ(子どもは親を選べない)」という言葉が流行るのもわかる気がする。