今月のイチオシ本


      『デジタル・ファシズム』 堤未果(NHK出版新書) 

                       

          岡本 敏則

 


 河野太郎特命担当大臣が、マイナンバーカードに健康保険証を紐づけ、紙の保険証を2024年度末で廃止すると言い出した。まさにデジタル・ファシズムだ

 

 ◎最強権力を持つ「デジタル庁」=デジタル庁の年間予算は8000億円。これに菅元首相はさらに1兆円を加えた。菅は世界経済フォーラムの席で、日本が〈脱炭素〉と〈デジタル化〉に力を注ぐことを公言している。今後は全省庁の給与と人事、補助金申請などの業務はまとめてデジタル庁の管轄になり、全国自治体のシステム統一や国税管理、財務省の予算に総務省のマイナンバー発行と全国民情報の一元管理、AIによる監視システムの整備、文部科学省のデジタル教科書に厚生労働省のマイナンバーカードと健康保険証の紐づけなど、ありとあらゆる省庁の担当プロジェクトを、それがデジタル化されるというだけで全て配下に収めるのだ。2020年1月、当時の高市早苗総務大臣はマイナンバーと国民の銀行口座の紐づけを義務化するよう、財務省と金融庁に要請した。国民一人一人に12桁の番号を割り振り、税金、住民票などをまとめて管理するマイナンバーと銀行口座を連動させれば、個人資産把握が可能になる。

 

 ◎韓国の場合=韓国ではクレジットカードと国民登録番号が紐づけられているため、カードを使った消費行動は、いつどこで、何をいくらで買ったか、全ての履歴が記録されてゆく。国税庁はお金の動きを把握でき、カード決済の導入を義務化された小売店は、帳簿のごまかしができなくなった。大量のカードが発行され、15歳以上ならだれでもカードが作れるようになり、2002年には1億枚を突破した。外資のハゲタカたちは、自分たちの手に落ちた金融機関と政府に対して容赦ない要求を出す。彼らから圧力を受けた政府は、キャッシング貸出金額の上限規制を撤廃したのだ。一人当たり平均4.1枚のカードを持つようになった消費者はキャッシュレスで買い物をすればポイントや特典がつくため、それを期限内に消化しようとしてますます買い物をしてしまう。終わりなきカード地獄の始まりだった。

 

 ◎監視大国中国=通勤のシェア自転車からタクシーを呼ぶ配車アプリ、買い物に旅行にホテルにジムに、何をするにもまずは2大IT大手であるアリババのアリペイか、テンセントのWeChatPayというモバイル決済のどちらかに登録しなければならない。屋台で餃子を買っても、コンビニで煙草を買ってもスマホ決済。レストランも映画館も、旅行もホテルも公共料金支払いもパスポートの申請も、スマホ画面上のQRコードをかざすだけで会計が済む。アリペイは2015年に、決済情報から取り込んだ個人の買い物データや銀行へのローン返済履歴に、日常的に集められた膨大な個人情報を合体させ、AIが点数化した社会信用スコア「芝麻(ジーマ)信用」を開発、これを自社の決済システムに搭載した。この信用スコアは学歴や勤務先、資産、人脈、行動、返済履歴の5項目から計算される。スコアが低くなり、自治体が管理するブラックリストに載ると、あらゆる面で経済活動ができなくなる一方で、高スコアになると、ローンの金利が優遇されたり、病院で通常前金制の治療費を後払いで支払えるなど、多くのメリットが用意されている。中国政府は公然とこう言い放った。「国にとって好ましくない人間は、普通の生活すら立ち行かなくなるのだ」。議会もない、野党もいない、権利を掲げて反対してくれる有権者もいない中、中国はトップダウンで物事を決め実行してゆく。

 

◎教師は全国で1教科ごとに一人いればいい=菅政権が打ち出したのが、教科書のデジタル化だ。オンライン授業用のアプリと連携されたタブレットを、これまでの鉛筆やノートと同じように使う。使えば使うほど生徒個人の学習データが蓄積され、その子のレベルに合わせた問題が出されるので、効率よく学ぶことができる仕組みだ。今までは、デジタル教科書は、<紙の教科書の2分の1以下>でなければならないと法律で決められていたが、政府はこれを撤廃した。デジタル庁の中枢にいる竹中平蔵は、オンライン授業をしてゆくと、教員の数は今よりずっと少なく済むと言う。一人の優秀な教師が大勢の生徒たちを遠隔で教えられるからだ。竹中平蔵はこう提案する。「究極的には通常の知識を教える教師は各教科に一人いればよいのです」。その結果、教師の仕事は教えることではなく、動画の内容を生徒が理解しているかをチェックすることに代わっていく。「教員免許制度も改正し、デジタル・リテラシーの高い人材を教師にすべきだ」。

 

 ◎未来を選ぶ私たちは=AIは問いをくれない。くれるのは答えだけ。もし人間から「問う力」がなくなれば「考える力」も失ってしまうだろう。ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルはこう言った。「AIには倫理がない。だから絶対にAIが人間を教えることはないと信じたい。肉体がなく決して死なないAIには、倫理観がない。なぜなら倫理観とは、死を迎えるからこそ持てるものだからだ」。真の危機はコンピューターが人間のような頭脳を持つことよりも、人間がコンピューターのように考え始めたときにやってくる。デジタル・ファシズムを阻止する方法は、私たちがより人間らしくなることなのだ。