今月のイチオシ本


      『東シナ海』佐々木貴文(角川新書)  

                       岡本 敏則

 


 「東シナ海前に見てわしらが生きた土地があるこの土地こそはわしらが命」という歌が、今でも辺野古新基地埋め立てに抗議して座り込が行われているゲート前で歌われている。

 今から56年前沖縄伊江島の米軍基地拡張に反対する闘いから生まれた歌『一坪たりとも渡すまい』だ。闘いは米国に拡張を断念させた。「東シナ海」、平成28年4月8日の政府答弁書によれば「北限は済州島と長江(揚子江)河口および同島と我が国の五島列島を結んだ線、東限は九州西端から南西諸島を経た線、南限は台湾海峡の北限、西限は中国大陸で囲まれた海域」で、面積は124万5900㎢。九州、南西諸島、台湾、中国本土、朝鮮半島で囲まれ、日本海と対馬海峡でつながり、南シナ海とは台湾海峡でつながっている海。そこは豊かな漁場であり、昔から日本漁船が出漁し、我々の食料供給の源であった。今そこが「熱い」、日中台の漁船のたたかいの場だけではなく「台湾有事」、尖閣諸島をめぐる「領土問題」というホットゾーンだ。

 著者の佐々木貴文氏(1979年生 北海道大学准教授)は新進気鋭の漁業経済学者である。中国漁船と日本の海上保安庁との小競り合い、中国海警船(日本の海保にあたる)に追われる日本の漁船、中国軍艦、海警船が「わが国固有の領土である」尖閣諸島の領海を侵犯しているという現場を実際に見ている著者には危機感が強い。今現在日本の漁業就業者は15万にほどしかおらず、水産庁によれば2048年には7万3千人程度になると予測している。現在、日本全国に48校の水産高校があるが、漁業に就職する卒業生は圧倒的に少数だ。卒業後2年間専門課程を終了すれば3等海技士(3等航海士、機関士)の資格が取れる。商船にのれば、個室があてがわれ、立派なオフィサー、士官、高級船員だ。過酷な労働・環境の漁業には行かないだろう。今日本の漁業を支えているのは「外国人技能実習生」だ。全員が男性の若きインドネシア人だ。漁撈船では彼らの独擅場となっている。インドネシア人は体格も日本人に近く、酒を好まない敬虔なイスラム教徒が多いことから歓迎され、活躍の場を広げた。インドネシア依存は遠洋漁業船=マルシップ漁船(マルシップ制度は商船に導入された外国人船員の受け入れ方式)でも見られており、日本漁業には不可欠な存在となっている。2020年時点で、沖合・遠洋漁業では5798人もの外国人によって産業が維持されている。次に東シナ海の現状を見てみよう。

 

 ◎東シナ海の排他的経済水域(EEZ)は「境界が未確定」=内閣府などは、領海を含む日本のEEZ(Exclusive Economic Zone)が世界第6位と広大であることをアピールする。義務教育で用いられる教科書も然り、である。国民は、世界第6位を疑うことはない。領海基線から200カイリの範囲で「天然資源の探査、開発、保存及び管理等のための主権的権利」(海上保安庁)が認められる「排他的経済水域」という言葉は、小学校5年生から習う。中学校で用いられる社会科地理の検定教科書では、学習指導要綱の「領域の特色と変化」への理解を深めるため、すべての教科書でもれなく言及がある。やはり、領土に比してその広さが世界有数であると書かれている。日本のEEZが世界に誇る財産であることは、”日本国民の常識”として扱われているのだ。しかし一方で、外務省は東シナ海において「中国側がわが国の中間線にかかる主張を一切認めていない状況」があると言っている。さらにその結果、日中間の合意により境界を確定する必要があるものの、「東シナ海の排他的経済水域及び大陸棚は境界が未確定」となっているとした。義務教育でその広さを子供たちに教えながら、EEZの「境界が未確定」とはどういうことなのか。そもそも境界線がないのに面積を測れるのか。ありえないと思われるかもしれないが、東シナ海では関係国と相互承認している日本のEEZはほとんどない。東シナ海だけではない、日本海でも、オホーツク海でもだ。東シナ海では中国が中間線で経済水域を折半することを拒み、全域が中国の権益であると主張している。日本海では竹島が浮かんでいることや北朝鮮との国交がないため、こちらも水域の画定はできていない。オホーツク海では北方領土問題が横たわっており、プーチン率いるロシアとは平和条約の締結交渉すら停滞している。そのため建前は「南樺太」の扱い方も決まっていないことになっている。とてもでないが海に線はひけない。こうした事実から目を背けることに良心の呵責があるのだろうか、検定教科書のEEZ図には、小さな字で「境界線は日本の法令に基づく」や、「区域の一部については関係する近隣諸国と交渉中です」などの但し書きがされている。EEZの画定基準を規定した「国際海洋法条約」=「公海における船舶が、所属する国の管轄権のもとに置かれるとする法律上の原則」。この「国際海洋法条約」時代の中にあっても、日中双方、領域主権の画定に妥協はできず、東シナ海は国際法の及ばない「海」なのだ。