真山  民「現代損保考」


         水災危険保険料の地域差導入で

   火災保険の収支悪化は食い止められるか?

                              


 豪雨・土砂災害、今年も保険金1兆円超?

 8月11日から1週間を超える前線の停滞に線状降水帯の発生も加わって、九州、中四国、中部から北海道にまで、ほぼ全土に及んだ豪雨と土砂崩れの災害は、日本全国に甚大な被害をもたらした。

 損保が2018年度に主な風水害で支払った保険金は約1兆5160億円、19年度も1兆721億円。昨年度は2491億円にとどまったが、今回の豪雨、さらに今後襲来する台風による被害を想定すれば、今年度の支払い保険金も1兆円を超えることが十分予測できる。 

 線状降水帯の発生、それも予測困難というなか、損保は異常気象による巨額の保険金支払いの対策に動きだした。水害保険料に「危険度に応じた地域差」の導入だ。

 

 水災保険料の地域差導入に向けて

 楽天損保は昨年4月、水害のリスクに応じて保険料に差をつける商品・ホームアシストを売り出した。「全国一律だった水災保険料を、国土交通省のハザードマップに基づき細分化しました。水災リスクが低い地域にお住まいのお客様には、安心の補償をリーズナブルな保険料でご提供いたします」 同社のホームページには、そんな言葉が並ぶ。ハザードマップに基づくリスクは4段階、最も危険度の高いD地域の保険料は、最も低いA地域の保険料の35%も高い。

 楽天損保の動きに促されるように、金融庁は今年6月、水害リスクの高低を反映した地域別保険料の導入に関する有識者懇談会を設置した。本年度内にもリスクの評価方法などの基本的な考え方を取りまとめ、その後損害料率算出機構で「参考純率」(*注1)を地域別に設定し、2023年から各社が地域別保険料の導入を検討する。

 

 有識者懇談会での論議は 

 では、有識者懇談会ではどんなことが論議されているのか。「第一回火災保険水災料率に関する有識者懇談会」における資料のうち、損害保険料率算出機構が提出した「参考純率における水災リスクに応じた保険料設定の検討」は、こう述べている。

 1.現行火災保険参考純率において、台風・雪災のリスクについては、リスクの近い都道府県単位に基づく建物所在地地域ごとの料率区分に応じて設定し、都道府県による較差は1.73倍~3.37倍になる(建物の構造によって異なる)。

  2.一方、水災リスクについては,全国一律の保険料率となっている。これは水災リスクが建物所在地の河川からの距離や地形、河川の治水整備状況等により地域ごとのリスクの高低の差が生じており、都道府県単位での設定がなじまないこと、都道府県よりも細かい単位での料率に区分するためのデータが不十分なこと、などの理由による。

  3.水災による保険金の支払いは、2010年~2014年の5年間の平均に比較して、2015年~2019年の5年間の平均は約5倍に急増している。これは、氾濫危険水位を超過した河川数が、2014年では83であったのに、2018年は474、19年は403に急増したこと、1年間の集中豪雨(1時間降水量50mm以上の大雨)の回数も1980年~84年の平均の214回に比べ、2015年~19年では331回と、これまた急増していることが反映している。

  氾濫危険水位を超過した河川数の推移(作成=損害保険料率算出機構)

 4.以上の状況のなかで、水災リスクの低い(浸水した場合でも浸水深が浅い *注2) 地域の契約者が水災補償の付保を取り止める傾向の一方、水災リスクの高い(浸水した場合に浸水深が深い)地域の契約者の付帯率に大きな減少は見られない。今後も、水災リスクの低い地域の契約者の中には、保険料の割高感を理由に契約を取り止める契約者が増える可能性もあり、契約者保護(被害者救済)の観点から対応が必要である。

 

 水災リスクの低い地域の契約者が動く

 火災保険には、火災・落雷・破裂爆発・風災、ひょう災、雪災に限定して保険金を払う住宅火災保険と、水災、盗難、車両の飛び込みなどの事故の際の損害を合わせて補償する住宅総合保険がある。

 損害保険料率算出機構の資料によれば、水災リスクの低い地域の住総の契約者が、リスクの高い契約者の分まで負担することを嫌い住宅火災に移行してしまう。例えば、河川から遠いマンションの高層階などの住居者が水害リスクは低いと判断し、水害補償がない分保険料が安い住宅保険に切り換えるケースが増えているという。そうなると、保険料と保険金のバランスが崩れ、火災保険の収支がさらに悪化し、ひいては損保の経営そのものを危うくする。そういう危機感が「水害保険料に危険度に応じた地域差」の導入の動きにつながっている。

 そこで、水災のリスク評価の地域区分を現在の全国一律から、都道府県単位あるいは市区町村単位、さらに細かく丁目単位に分け、ハザードマップに表示されたリスクを反映したきめ細かい保険料を設定する、そう損害保険料率算出機構は提言している。

 

 二律背反の水災保険料の地域差ランク

 この方法は、一見合理的に見えるが一時しのぎ、弥縫策に過ぎない。今度は、水災リスクが高いと判断された地域の住む契約者の保険料がさらに高くなり、水災危険の補償を外した契約に切り替えたり、火災保険の契約そのものを止めたりするかもしれない。損保にとっては、水災損害の保険金が減少し、収支は改善するだろうが、それで良いのか?それこそ「契約者保護(被害者救済)」の観点からは問題がある。

 損保も、損害保険料率算出機構も、金融庁も、そして有識者もその問題意識があるようで、保険料負担の公平性=公平な料率細分化の必要を唱えつつ、相互扶助・保険購入の可能性の確保=保険料率細分化を突き詰めれば、不適切という二律背反に陥っていることを表している。つまるところ、水災危険を減らす⇒地球温暖化を食い止める⇒CO2などの温室効果ガスの実質排出ゼロを目指すカーボンニュートラルの推進、しか王道はないということになるが、では損保業界は、この道をどう進めようとしているのか。また、それは損保だけに課せられた責任なのだろうか。気候変動による自然災害の補償を損保に丸投げしている政治の側こそ、この道をどう進めようとしているのか。その任務と責任が重く問われているのが現局面ではないか。次回はその周辺を探ってみたい。

 

*注1 参考純率=保険会社は事故が発生したときに支払い保険金に充てる純保険料の料率を算出する基礎として、損害保険料率算出機構が算出する参考純率を使用することができる。

※注2 浸水深=洪水等による浸水により水で覆われた場合の深さのこと。