真山  民「現代損保考」


           熱海土砂災害と損保

       損保は損害防止責務を忘れるな

                              


 保険金支払いにドローン、AI活用

 

 7月3日に発生した熱海市伊豆山地区の土石流災害に対して、損害保険業界はいち早く、事故発生の2日後から損害の査定を本格化させた。特に大手損保は、人工衛星やドローン、AIの先端技術を活用し、保険金の迅速支払いをはかっている。

 東京海上日動火災は、昨年12月にICEYE(アイサイ)、パスコ、三菱電機と協業し、人工衛星画像を活用した保険金支払いの高度化を目指す取り組みを開始した。ICEYEは、SAR画像(夜間や雲に覆われた場所でも撮影 できるレーダー画像)を撮影できる衛星を有し、その衛星画像で被害状況を分析し、被災した保険契約者との立ち合いをせずに、被害調査を進めることができる。

 三井住友海上火災保険は7月12日、大規模な水害が発生した際、人工知能(AI)を搭載したドローンと自動会話プログラム「チャットボット」を活用し、損害額を算出する仕組みを導入したと発表した。早期に被災状況を把握し、迅速な保険金支払いにつなげる。静岡県熱海市で起きた土石流災害でも活用されている。 

 損害保険ジャパンは、災害対策室を拡張し、問い合わせが増えた場合に備えてコールセンターの増員など対策を強化。浸水などの水災被害を受けた契約者は、スマートフォンで撮影した画像を送付すれば損害の確認をできる仕組みを導入し、状況把握と保険金支払いの迅速化を図る。

 

 保険金支払いを迅速化しても

 

 自然災害(異常気象)による損害保険の収支の悪化、特に火災保険金のそれは、近年深刻化している。その影響は、元受保険市場の段階にとどまらず、再保険市場の収益の悪化→再保険料の高騰→元受保険会社の負担の増大、という悪循環を招いている。損保がいくら先端技術を駆使して保険金の支払いを急いでも、そのことで損保の収益が改善するわけでもなく、まして異常気象災害が減るわけでもない。 

 それに、伊豆山の災害の真因は異常気象、つまり土砂の崩壊は大雨という異常気象がもたらしたものだろうか?それもあるが、少なくとも唯一の原因ではない。これについて、『宅地災害 なぜ都市で土砂災害が起こるのか』(NHK出版新書)で釜井俊孝氏(京都大学防災研究所教授 斜面災害研究センター長)は、1999年、2014年、2018年の豪雨と台風災害(注)で、合計190人を超える犠牲者が出た背景について、こう述べる。

 

 「1968年に成立した都市計画法は、市街化区域(都市に組み込むことを前提とする区域)と市街化調整区域(原則として開発を制限する区域)の境界を定める『線引き』を主な目的にした法律です。当然、市街化調整区域は宅地開発が難しくなり、規制を受けるデベロッパーや土地所有者は、あの手この手で市街化区域の拡大を図ろうとしました。

 広島市では、この線引き作業は1971年に完了していますが、駆け込みでの開発や申請がさかんに行われ、その結果、市街化区域は不自然に広く設定され、危険な土石流扇状地の多くが市街化区域に含まれるようになったのです。」

 

*注 ●1999年の災害=6月29日の西日本を中心にした浸水や土砂災害。9月24日の台風18号による高潮、暴風被害。●2014年の災害=広島県を中心にした豪雨などによる土砂災害(平成26年8月豪雨)●2019年の災害=6月29日の九州南部の豪雨災害。8月27日の九州北部の豪雨災害。10月25日の 台風21号や低気圧による大雨災害。

 

 盛り土崩壊は周辺の宅地開発が主因

 

 静岡県や熱海市によると、土石流の起点は幅約100㍍、長さ約100㍍、深さ約10㍍にわたってえぐりとられており、そこにあった開発行為による盛り土約5万4000立方㍍のすべてが土石流とともに流出して甚大な被害をもたらした。崩落土の総量は10万立方㍍になるといわれている。

 この盛り土周辺は、神奈川県の不動産会社が2007年頃から宅地開発のための森林伐採を開始し、もともと谷だったところに残土や産業廃棄物を捨て始めた。その後、この会社が事業から撤退すると、2011年頃に東京都の持ち株会社がこの土地を取得し、残土を固めて盛り土にした。また崩落現場からすぐ南の尾根筋に、この持ち株会社が太陽光発電所をつくっている。この太陽光発電所は国のFIT(固定価格買取制度)認定を受けていた。

 当地の土石流災害をドローンなどで調査した静岡県地質構造・水資源専門部会委員の地質学者塩坂邦雄氏は、7月9日、県庁で行った記者会見で、「盛り土崩落は周辺の宅地開発で,尾根が削られて水の流が変わり、従来よりも広い地域から大量の雨水が盛り土一帯に流れ込んだため」という分析を示している(日刊ゲンダイ 7月12日)。

 国土交通省の「全国における土砂災害警戒区域等の指定状況」によれば、土砂災害警戒区域は、今年3月末時点で、土石流によるものが約21万1000か所、急傾斜地の崩壊によるものが43万7000か所、地滑りによるものが1万5000か所、合計66万3000か所もある。この数字は2014年8月末時点では約35万6000か所で、5年間で30万か所も増えている。これは、この4年間に発生した台風や豪雨で地盤が緩んでいる土地が急増していること、そして、そうした土地に家屋が建てられていることを示している。

 

 損保が果たすべき社会的責務は

 

 こうした実態を見れば、問われているのは政治であり、社会のあり方である。「異常気象」「自然災害」と、あたかも不可抗力の厄災のように語られるが、それにも社会や政治が深く関与していることは自明だ。

 しかし、損保は国や自治体にもの申すわけでもなく、かえってデベロッパーに融資を行うなどやみくもな開発を助長している面さえある。さらに、台風などの水害に備える住宅総合保険などについて、浸水や土砂崩れなど危険度に応じて,地域別に差を設けることも考えている。すでに楽天損保は、昨年ハザードマップなどに基づき水害リスクを4つに分け、保険料全体の差をリスクに応じて約1.5倍に設定している。

 豪雨や台風災害での保険金が増大するたびに保険料を上げ、国や自治体が規制をかけるどころか、やみくもな開発を奨励することに乗じて販売した宅地に住む住民の保険料を高くすることとしか考えない損保は、危険が迫るたびに「一刻も早く安全な場所に避難してください」と叫ぶだけで、デベロッパーや国、自治体の責任を問おうとしないNHKなどと同罪というべきだ。

 損保は、自身の社会的責務には、損害の補償だけではなく、それを未然に防止することが含まれていることを忘れてはいないか。

 損害保険協会が、2006年に定めた「損害保険業界の環境保全に関する行動計画」にも、「企業は社会の一員として環境問題に積極的に取り組まなければならない。健全な地球環境の保全は企業にとってその存続基盤であり、また、持続可能な社会発展を図る企業活動の前提ともなるものである」とうたわれている。これを飾り物の「画餅」にしてはなるまい。