今月のイチオシ本


山本義隆『リニア中央新幹線をめぐって』

                   (みすず書房 2021年)

 

 

               

                       岡本 敏則

 


 山本氏(1941生 東大理学部物理学科卒 同大学大学院博士課程中退)の最新の著作です。

 副題に「原発事故とコロナ・パンデミックから見直す」とあるように、2011.3.11の福島第一原発事故、2年にわたる新型コロナ感染を見据えて、広く書籍、雑誌、新聞、パンフレットなど関連する資料にあたり考察した著作です。

 それらの資料を引用し、リニアに関わった人物の、何を語り、語っているのかを実証派らしく明らかにしたものです。リニア建設は一企業であるJR東海が立案し、建設を進めるものでしたが、いつのまにか国の事業(国策)になってしまいました。元凶はここでも安倍晋三です。モリカケとおなじく、JR東海の葛西敬之(1940生 社長―会長―名誉会長)は安倍のお友達です。現在世界の緊急課題は環境問題です。リニアは南アルプスの最深度にトンネルを掘削し残土は5800万㎥、熱海の土石流で崩壊した盛土の1,000 倍以上です。山本氏は脱成長、定常型社会を展望し、斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』を刺激的で興味深い書と高く評価しています。

 

 本書の中から今回は政治的側面に絞ってこの本の紹介としたい。

 

 ◎リニア中央新幹線の事業化

 2007年JR東海は総事業費5.1兆円(後に9兆円に修正)全額自己負担でリニア中央新幹線を事業化することを発表し、「全国新幹線鉄道整備法」にのっとって国にリニア中央新幹線計画の認可を申請した。それに応じて2011年に国交省は「鉄道部会・中央新幹線小委員会」に建設の妥当性の判断を諮問。小委員会の家田仁委員長(東大大学院工学系研究科教授)は、パブリックコメント(888件 中止や再検討648件73% 推進は16件)の圧倒的多数の反対意見を完全に無視し「計画が妥当である」と答申した。そして2014年に国交省はJR東海にリニア中央新幹線の着工を許可した。

 

 ◎安倍の登場

 2016年安倍前首相は大阪まで開通の工程を8年間前倒しにして2037年大阪開通を表明し、そればかりか法改正までして総工費9兆円のうち3兆円を低利(無担保金利平均0.8%30年間元本返済猶予)の財政投融資でJR東海に融資することを決定した。

「いや、あの融資条件は、ほかに聞いたことがない。30年後から返すって、貸す方も借りる方も責任者は辞めているでしょうし、生きているかどうかもわからない」(日経ビジネス)

 

 ◎大阪万博カジノ維新

 前倒しは大阪財界と維新の会の強い要望だった。万博・カジノ・リニアの3点セットで大坂の経済を活性化させるというのがその目論見だった。維新の会は当時の安倍首相と菅官房長官に強く働きかけた。安倍がそれに応じたのは国会運営と憲法改正にむけて維新の会の協力を取り付けるためだと推測されている。

 

 ◎二人の仲

 「JR東海葛西敬之は安倍晋三と非常に近い人物だ。二人の関係があったので優遇されたとみられても仕方がない」(『東京』17.12.14付)

「安倍『お友達融資』3兆円 第3の森加計問題 森友学園 加計学園の比ではない3兆円融資。その破格の融資スキームが発表される前、安倍と葛西は頻繁に会合を重ねていた」(『日経ビジネス』見出し)

 

 ◎葛西敬之と原発

 2011年3月東日本大震災、第一福島原発事故から2か月半後の5月24日の葛西の『産経新聞』での発言。

「原子力を利用する以上、リスクを承知の上で、それを克服・制御する国民的な覚悟が必要である。日本は今、原子力利用の前提として固めておくべき覚悟を逃げようのない形で問い直されている。政府は稼働できる原発をすべて稼働させて電力の安定供給を堅持する方針を宣言し、政府の責任で速やかに稼働させるべきだ。今やこの一点に国の存亡がかかっていると言っても過言ではない」。

 

 ◎リニアと原発

 リニアは在来新幹線の4~5倍の電力が必要。山梨県立大学伊藤洋学長は「リニアが同時に10両編成で走行する場合には原発3基分程度が必要」と試算している。そして「在来新幹線よりはるかに多くの電力を必要とするリニア新幹線は、原発の再稼働か新増設に依存することを前提として計画されている」。

 

 ◎国威発揚

 リニアの目的は「世界一速い鉄道を実現し、世界の鉄道界をリードしたい。未踏の技術である超伝導磁気浮上方式のリニアを中央新幹線で実用化する」にある。その背景には「鉄道技術で中国に追いつかれてしまう、追いつかれたくないという焦り、切迫感がある」。中国では、常伝導ではあるものの、すでに3路線で磁気浮上リニアの営業運転が始まっているという事実がある。リニアは推進する側も外野席で声援を送る側も、ともに大国主義ナショナリズムに囚われている。その向かっている先は中国。