雨宮処凛の「世直し随想」
忘れてはいけないこと
5月末、初めて「帰還困難区域」に入った。
福島県浪江町津島。原発事故により、許可を得なければ入れなくなってしまった場所だ。
スクリーニング場で防護服と線量計を身に着けて車で入ると、そこは昔話に出てくるような緑豊かな場所だった。
小川のせせらぎ、虫やカエルの鳴き声、「ホーホケキョ」と鳴くウグイス。草むらに寝転んで思い切り深呼吸したくなるような絶好のロケーションなのに、放射線量が高く、立ち入りは厳しく制限されている。
そんな津島地区に住んでいた方の自宅を見せてもらうと、家は廃墟のようにボロボロになっていた。あちこちで床が抜け、壁や天井にはびっしりとカビが生えている。だけど、写真立てやカレンダーはそのまま残り、10年前まで確かにここで人々が暮らしていたという現実を伝えている。
原発事故で、この国には「原子力緊急事態宣言」が発出された。それは今も発令されたままで、10年間、この国は原子力緊急事態宣言下にあるのに、多くの人はもう原発事故を忘れている気がする。自分だってそうだ。
一方、政府は都合のいい時だけ、「復興五輪」などという形で「3・11」を利用している気がしてならない。そして今、その「復興五輪」さえ言われなくなっている。
あの事故から、10年。この国には、あの日のまま、時が止まっている場所がある。今も癒えない傷を負っている人たちがいる。
そのことを決して忘れたくないと、津島の美しい景色の中、改めて思った。