松久 染緒 「随感録」


オリンピック中止の損益計算

保険は?

 

 

 コロナの下、2021年7月23日から開催される予定の東京オリンピック・パラリンピックについて、世論調査では80%の中止・再延期の声の一方、何が何でもやるんだという菅首相、組織委員会、IOCの強弁が際立っている。

 一方、日本側から中止を申し出た場合の損害賠償問題、経済的な負担、損失問題などの声が出されている。最新の予算では1兆6,440億円となっているが、これは直接費用のみで、道路整備や関連施設のバリアフリー化などその他の間接費用は不透明だという。2019年の会計検査院調査によると、2012年からの6年間ですでに1兆600億円の間接費用が支出されている。(HEAD LINE編集長石田健氏)

 直接費用に限ってみると、予算1兆6,600億円の負担別内訳は、国が2,210億円、東京都が7,020億円、大会組織委員会が7,210億円である。組織委員会の7,020億円の負担内訳は、IOC850億円、企業などのスポンサー4,060億円、チケット売り上げ900億円などとなっている。組織委員会によれば、今年2月時点で予算の半分約8,180億円がすでに支出されている。今中止すれば予算は半分で済むともいえるが、既に発注済の費用の回収は難しいだろう。仮に中止した場合、規定によりIOCの850億円は払い戻し、チケット代900億円はゼロとなる。中止による組織委員会の収入減は計1,750億円となるが、契約によってこの金額は国と東京都が補填するという。またスポンサー拠出額が返還される可能性は低く、それぞれ自ら保険などでカバーすることになるだろう。

 問題は中止の場合の違約金請求だ。米NBCは、2023年までに計7,800億円の放映権料をIOCに支払う契約といわれている。違約金について契約書に明記されていないとはいえ、収入源を失ったIOCが損害賠償を請求することは十分にあり得るし、そのつけが国及び東京都に転嫁される恐れもある。IOC、組織委員会及びスポンサー企業などは様々な保険をかけているはずで、もし今回の大会が中止になれば、直接・間接の費用請求により世界の保険者が被る損失は、約2,180~3,270億円というこの種の保険金支払いとしては過去最大になるとの試算もある。結局、大会中止により経済損失額が巨大になる。だから中止できないのか。投資の継続が損失拡大につながると分かっていてもすでに投じた資金・労力・時間のためやめるにやめられないのか。これを失敗した超音速機名から「コンコルド効果」というらしい。中止による経済的損失については、5,690億円(みずほ証券)、6,700億円(SMBC日興証券)、1兆8、000億円(野村総研)から3兆2,000億円(第一生命経済研究所)まである。ところが、感染拡大による政府の緊急事態宣言が押し下げた国内総生産(GDP)は、宣言1~3回分で計6兆4,000億円との試算がある(野村総研)、すなわち大会中止による経済的損害よりも感染拡大による政府の緊急事態宣言の損害の方がはるかに大きいというのだ。

 強行開催による感染爆発の被害と結果をどう考えているのか。成算なく強行し悲惨な犠牲をもたらしたインパール作戦、もっといえば初めから勝ち目のない太平洋戦争に突入した陸海軍と同じ発想ではないか。五輪が始まればメダルラッシュでみんな忘れるとタカをくくっているのか。とすればこれは1936年ベルリン五輪のヒトラー(ナチスドイツ)の発想だ。いまこそ思考停止・念力頼みでなく、科学的・合理的分析に基づき大会中止の決断をすべきでないか。