真山  民「現代損保考」


  「2040年までに自動車保険市場は現在の40%に」の予測

        AIが損保に与える影響(その1)

                              


                      

2030年 すべてが加速する世界に備えよ

 

 新型コロナの変異株による第4次の感染拡大など先が見通せないなか、「未来予測本」が売れている。「週刊東洋経済」の「未来予測本ランキング」で第1位にランクされたのは、『2030年すべてが「加速」する世界に備えよ』(ピーター・ディアマンディス、 スティーブン・コトラー共著)。著者の一人ピーター・ディアマンディス氏は宇宙開発事業に多額の懸賞金をかけることで有名な米国Xプライズ財団の最高経営責任者(CEO) を務める。

 全体は3部構成になっている。

 第1部で量子コンピューティング、AI(人工知能)、ロボティクス、ナノテクノロジー、ブロックチェーンなど幾何級数的に進んでいる9つのテクノロジー が現在どのような状態にあり、どこへ向かうのかを見る。

 第2部では、買い物の未来、広告の未来、エンターテインメントの未来など8つの産業に注目し、テクノロジーとの融合が世界のありようをどうように変えるかを見ていく。

 第3部は人類の進歩を脅かす気候変動などのリスクを検討したあと、視野を100年後にまで引き延ばし、宇宙移住など5つの大移動を予測する。

 

 ショッキングな予測「自動車保険は終わる」

 

 第2部「すべてが生まれかわる」の「第11章 保険・金融・不動産の未来」で、著者 は「自動車保険は終わる」と予測する。それは「保険の前提が根っこから崩れる」から で、その前提として、まず「自動運転車の普及」を挙げる。(写真は自動運転レベル3の運転者=政府広報より)

 

 現在自動車保険を支えているのは人的ミスだ。人間は注意散漫になったり、感情的になったり、ときには不合理な行動をとったりする。世界の年間135万人の交通事故死(*注1)の原因の90%は人的ミスだ。だが人間が運転席に座らなくなればリスクの90% は消える。リスク評価を事業の基盤としている保険業にとって、これだけでも途方もない変化だ。 

 著者は、世界4大会計事務所の一つKPMGが2015年に発表した調査「変化する市場自動運転車時代の自動車保険」にある「自動車保険市場は2040年までに現在の40%に縮小する」という「驚愕の予測」を引用しているが、同調査には次のくだりがある。 

 事故件数が減り続けることで、保険業界のロスコストは低下し、市場に出回る自動車が自動運転車に入れ替わる10年以内には急減し始める。保険商品の構成も変化し、商業用保険(日本での業務用車両の自動車保険)や自動車メーカーが契約する製造物賠償責任保険(PL)が拡大する。2040年までには個人向け自動車保険市場が現在の40%にまで縮小すると予想される。保険引受余力の低減は市場に深刻な問題をもたらし、ビジネスモデルの変化と新規参入が混乱に拍車をかけ、変化のスピドを速める。

 

 自動運転システムのコア技術

 

  自動運転を可能にする自動運転システムは、概ね12種類のコンポーネント(装置、組立部品)で構成されている。

  認知(自己位置推定・周辺環境認識)系統システム ①カメラ、②ライダー(LIDER) ③ミリ波レーダー、④高精細地図ユニット(MPU)、⑤車車間/路車間通信ユニット(V2Ⅹ)

   判断系統システム ⑥セントラルゲートウェイ、⑦自動運転制御(ECU)、 

 HMI(*注2)、⑧ヘッドアップディスプレイ(HUD)、⑨車両制御装置(VMC)

 操作系統システム ⑩エンジン制御、⑪ステアリング制御、⑫ブレーキ制御

 

    「週刊東洋経済」の「未来予測本ランキング」2位の『2040年の未来予測』(日経BP) の著者成毛眞氏(元日本マイクロソフト社長)は、ミリ波レーダーとライダー(LIDER)について、こう説明している。 

 ミリ波レーダーは、マイクロ波である電波が周りにあるものに反射して戻ってくるまでの時間を計測することで対象物までの距離を計測できる技術。天候に左右されにくく、遠方の物を検知する性能に優れている。

 反面、形やサイズなどの詳細を識別するのは苦手で、電波の反射率の低いものや近距離検知にも対応しづらいことが欠点であったが、急速に改善されている。ミリ波レーダーは、現在でも大衆車には3個、高級車には6個搭載されているが、自動運転車には15個は搭載される。

 ライダー(*注2)は、赤外線をパルス状に照射し、跳ね返って戻ってくるまでの時間を測定することで、クルマ周辺の3Dマップを構築する。集められた情報は点群データ(*注3)として情報処理され、画像がリアルタイムで生成される。高い解像度を持ち、人やクルマ、建物だけでなく、腕や脚までも識別できる。

 

 新しいテクノロジーは突然現れない

 

 ライダーは、昨年10月に発売されたソフトバンクの「iPhone12」にも搭載されている。「12」の高いカメラ性能はライダーによるもので、人物と背景の境界の鮮明さは空間の3Dオブジェクト(立体物)を個別に識別できるようになっている。

 ライダーについて付け加える。長年にわたって一眼レフ市場をリードしてきたカメラ大手のニコンが一眼レフカメラ本体の国内での生産を年内で終了すると発表したことは、カメラ業界が  直面する苦境を象徴する出来事といわれているが、その最大の要因は、スマホに組み込まれたカメラの性能が劇的に良くなり、あえてカメラを持ち歩く理由が無くなったことにある(調査会社BCNの道越一・チーフエグゼクティブアナリスト 朝日新聞2021.4.1)。

 前出の成毛眞氏は「スマホに搭載されているライダーと自動車のライダーの仕組みは、一部は異なっても基本性能は同じ。新しいテクノロジーは突然には現れないのであり、すでに自動運転の要素技術は我々の身近に転がっている」と『2040年の未来予測』に書いている。

 

 なお、「ITと結びつき快適性が向上するコネクテッド(つながる車)」、「シェアリング(共有)」、「エレクトリック(電動化)」も自動車保険料の低減に追い打ちをかけると予測されるが、それについては次号で。さらに次々号ではAIが損害保険の業務、営業店と代理店の事務処理だけでなく、募集行為、損害査定の効率化を促し、ひいては、それを活用できない中小代理店に整理淘汰にまで使われていることを見ていく。

 

 

 *注1 世界保健機関(WHO)の「道路の安全に関する報告書 2018年版」によると2016年に交通事故で死亡した人は世界で135万人。死亡原因別にみると、全体のうちの8位で、HIV・エイズや結核の死者数を上回り、5~29歳の子どもと若者では1位。

 *注2 HMI Human Machine Interface 人間が手足の動きなどを通して機械を操作したり、機械が現在の状態や結果を人間の視覚や聴覚、触覚などを通じて知らせる手段、およびそのための器具や装置。

 *注3 ライダー・LIDER Light Detection and Ranging(レーザー画像検出と測距)。

 *注4 点群データ X、Y、Zの座標を持つ点の集合のことで、点の集合によって物体の構造などを表現することができる。3Dでドット絵を作るのを想像するとわかりやすい。