昭和サラリーマンの追憶

赤木訴訟は組織の不正・隠蔽とのたたかい

      

 

           前田 功


 森友事件で、安倍元首相やその妻明恵とのかかわりなどについて、改ざんをさせられた赤木俊夫さんは、亡くなる前に「手記」を自宅のパソコンに残していた。A467枚ほどのものというから、おおよその自死理由はわかる。しかし、職場(近畿財務局=以下、近財と略す)の上司や本庁(財務省)の関係者は知っているのに、妻である雅子さんは知らないことがある。それは遺族としてがまんできないことだ。

 

一種のセカンドレイプ

俊夫さんの死後、近財の連中が何人も自宅に来て、「マスコミには接触しないほうがいい」とか「手記は公表しないほうがいい」「近財で働かないか」などと雅子さんに働きかけた。当初、雅子さんはこれを遺族への「気遣い」と受け取っていたようだが、彼らは雅子さんの質問にはまともに答えず、言を左右して真相を話してくれなかった。彼らは偵察懐柔にやってきたのだった。これは遺族に対するカンドプと言える。以前近財に勤めていた弁護士を紹介したのもその一環だったのだろう。雅子さんの闘いはそのため遅らされ、混乱させられた。

 

地検はこの事実関係をすべて知っていた

俊夫さんは、「手記」に、改ざん指示をめぐる生々しい内情を綴り、そしてその詳細のあとに、「大阪地検特捜部はこの事実関係をすべて知っています」と記している。

大阪地検特捜部は森友学園の国有地払い下げ問題につづき、この公文書改ざんについても捜査に動いていた。近財の中に赤木さんが残した「赤木ファイル」(改ざんの詳細・経緯などが記載されているといわれている)も証拠として押収した。一時は佐川理財局長の立件も視野に入れていたとされた。大阪地検特捜部は、佐川の号令のもと国家的犯罪である公文書の改ざんが行なわれた事細かな事実を、すべて掴んでいたのだ。

 

官邸の意を受けて捜査ストップ

にもかかわらず、大阪地検はこの改ざんを立件しなかった。官邸から圧力がかったのだ。「官邸の番犬」と呼ばれ違法な定年延長が問題になった黒川弘務氏(当時法務省事務次官だった)が官邸の意を受けて捜査ストップに動き、山本真千子大阪地検特捜部長(当時)と裏取引を行なったと思われる。山本真知子氏はその後、函館地検検事正を経て大阪地検次席検事へと急速に昇進している。

そして大阪地検は、不起訴だからとして、「赤木ファイル」を近財に返してしまった。

雅子さんは、地検が起訴することを期待していたが、裏切られ、その後紆余曲折を経て、20203月、賠償責任訴訟を提訴した。被告は佐川と国。2021217日第3回の弁論では、雅子さんが口頭意見陳述を行った。

2021322日、この訴訟の進行協議があり、雅子さん側は「赤木ファイル」の提出を求めたが、国側はその存否について回答せず、「探索中」としていた。そして56日の進行協議において、次の口頭弁論期日に任意提出すると言明した。

 

「探索に1年」の闇

提訴から1年以上、国側はこの「赤木ファイル」について、どんな検討をしていたのだろう。「存在しないととぼける」「そっくり作り替える(全面改ざん)」「部分的改ざん」「個人情報を盾に全面黒塗り」「部分的黒塗り」など、いろいろ画策していたことは麻生財務相の発言から推測できる。それは勘繰りすぎだという方がいるかもしれないが、現に、俊夫さんが嫌だと言っていたのに改ざんさせたという前科が国側にはあり、さらに、その後も改悛の兆しを見せず誠意のない対応をし続けているのだから、そう推測して当然だ。

国側は「赤木ファイル」に記載されている職員の個人情報などを黒塗りする必要があるとして、さらに1ヵ月以上の期間をとっている。616日今国会の会期が終わる。国会での新たな追及を避けるため提出を次回口頭弁論の623日としたとしか思えない。

「赤木ファイル」に職員の個人情報など存在するはずがない。俊夫さんは公務として改ざんを行なったと国も認めている。かかわった他の職員も公務としてかかわっているのは当然だ。職員が給料をもらって仕事として行なっている限り、その行為は個人情報ではない。

この間に、国側は何を検討、いや画策していたのか、主権者として私たち国民にも知る権利がある。

 

勝訴確率10

 国を被告にした訴訟で原告側が勝訴する確率は、10%程度と言われている。この10%は実質的敗訴の一部勝訴を含めての数字であるから、実質的勝訴は非常に困難だと言える。赤木さんのケースのように、我々一般国民から見れば明らかに国側に非があるという場合でも、敗訴することが多い。

この裁判で雅子さんが証人としたいのは、近財や財務省本庁の役人たちだが、国側はまず彼らを証人とすることを妨害し、仮に証人申請を認めざるをえなくなったとしても、まともな証言をさせるわけはなく嘘をつかせるだろう。偽証罪というのがあるが、これが刑事訴訟以外で認められることは非常に少ない。

国側の代理人は、本職は裁判官や検察官である「訟務検事」と呼ばれる公務員であり、国は、費用や手間の心配などすることなく、彼らと官僚組織をフルに活用し、役人などの証言が必要なときには万全の態勢で臨んでくる。偽証罪が認められないように法廷で嘘をつかせるのが国側代理人の強みだ。

 

公務災害と認定した人事院も隠蔽側に

俊夫さんの死は、人事院によって公務上災害による死亡と認定されている。「公文書改ざん」という犯罪を、いやだと言っているにもかかわらず実行を強制され、その悩み・苦しみから精神障害に陥り自死したと判定しているのだ。

厚労省が定めた基準には、自死の原因としての業務に関連する出来事として、

・業務に関連し重大な違法行為(発覚した場合に会社の信用を著しく傷つける違法行為)を命じられた

・業務に関連し反対したにもかかわらず、 違法行為を執拗に命じられ、やむなくそれに 従った

・業務に関連し、重大な違法行為を命じられ、何度もそれに従ったことが挙げられている。

人事院は、俊夫さんはこれらに該当する出来事によって「強度の心理的負荷」が加わったため自死したとして、公務災害の認定を行なったと思われる。雅子さんは、この人事院の認定理由を確認すべく、夫の個人情報の開示を請求し、約70ページの行政文書が開示されたが、大部分は黒塗りだった。人事院に対しても官邸から圧力がかかったか、人事院側が忖度したか、と推測される。

 

強力な弁護団だが

雅子さん側の代理人は、過労死裁判に経験豊富な松丸正弁護士(株主オンブズマンとしても有名)と自死遺族支援弁護団事務局長の生越輝幸弁護士である。上記のような、国側のあの手この手は十分踏まえたうえで臨んでいくと思うが、楽観はできない。

大阪地裁は、森友事件に関連して、まともな判決を出しているように思うが、国は地裁の判決なんて無視する。負ければ控訴するだけだ。地裁にはいろいろな判事がいるが、高裁は昇進志向が強い(=政権に忖度する、おもねる)判事が多い。国が被告の案件で、原告勝利の判決を高裁で得ることは上記の通り少ない。

立法府(国会)がダメで、行政(財務省・近財・人事院・検察)もダメだったから、司法に期待して訴訟というわけだ。司法がまともに機能することを望むが、この訴訟は単なる損害賠償訴訟ではない。実質は、霞が関をはじめとする公の組織の中で行われているさまざまな「不正」「隠蔽」を白日の下に明らかにしようという闘いだ。

 

「赤木死すとも真実は死せず」

提訴の際には35万以上の支援署名が集まった。近財や財務省の中で何が行われていたのか知りたいという国民の思いがこの署名に込められている。

ただ、その後、この闘いについての大手マスコミの取り上げは低調だ。

そのためか、雅子さんはこのところ各地を回って、地方のテレビや新聞のインタビューに応じたりして訴えを広めている。高知では板垣退助の像を見て、「赤木死すとも真実は死せず」と感じたと述べている。真実は組織の闇の中で生きているのだ。

 

官僚の過労死・自死は民間の3

霞が関の官僚の過労死・自死は率にして民間の3倍もあるそうだ。それらの個々の事由は明らかにされていないが、裏には、俊夫さんに似たような事例がたくさんあるのではないか。多くの人が、ブルシットジョブ(クソどうでもいい仕事)、どうでもいいどころか「やってはならない」仕事をさせられて、心を病んだり、過労死したりしているのだ。

すべての公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。政治的な意図や官僚の忖度やおもねりがどう働いたのか。国民はすべて、主権者として、その真相を知る権利がある。官邸や霞が関が、組織として隠蔽を悔い、嘘偽りなく積極的に真相を語るようになるまで全国民が追及し続けることが必要だ。

 

筆者には雅子さんと似たような経験がある。

筆者の次女は、学校でのいじめで亡くなった。はじめ、まったく理由がわからなかった。学校は隠そうとあれこれやっていたようだが、45日するうちに、ある程度のことがわかってきた。学校に、「隠さずに教えてほしい」とお願いしたが、学校側は言を左右して抑え込もうとした。1~2か月交渉したが、らちが明かず、情報公開条例・個人情報保護条例を使って闘いはじめ、情報公開訴訟と賠償責任訴訟で争うことになった。情報公開訴訟は高裁で敗訴、賠償責任訴訟は和解という結果であるが、筆者は実質勝ったと思っている。そう思う理由などは、別の機会にお伝えしたい。

(写真は大阪高裁)