真山  民「現代損保考」


 原発汚染水海洋放出と原子力ムラの一員・損保の立場

                              


                      

原子力損害賠償制度とは

 4月13日、菅政権が決定した福島第1原発の汚染水の海洋放出に、国民は原発に対する恐怖と不信をさらに募らせている。原発事故に対応する法律は2つある。1つは原子力事故による被害者の保護等を目的とする「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」であり、2つは事業者が保険契約でうめることができない損害を政府が補償する「原子力損害賠償補償契約に関する法律(補償契約法)」である。

 電力会社など原子力事業者は原子力損害の賠償に備えて、文部科学大臣が承認する民間の損害保険会社と原子力損害賠償責任保険契約を結び、さらに政府と原子力損害賠償補償契約(政府補償契約)を結ばねばならない。

 保険も政府補償も上限は1,200億円とわずかだ。それでも原賠法上、「原発事故は事業者に無限責任がある」から、不足分は国が支援する。東電福島第1原発事故についても、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(*注1)を通じ、資金を東電側に貸し付ける形で賠償を肩代わりし、既に8兆円超の賠償金が支払われている。あくまで肩代わりだから、東電は大手電力と協力して返済する相互扶助で、その金額を国に返済しなければならない。新たに事故が起きた場合も、この制度を活用して対応する方針だ。

 

国と電力会社が責任のなすり合い

 2018年11月、原賠法が改定された。被害者の早期救済のため、国が仮払金を電力会社に貸す制度が新設されたが、電力会社の賠償額に上限を設けない「無限責任」など、根幹の枠組みには手をつけられず、賠償責任保険や政府補償の引き上げは見送られた。引き上げについて、電力会社は保険料や補償料の増額を嫌って政府に国費投入を求めたが、世論の反発を恐れて政府は受け入れなかったためだ。

 「無限責任」の是非も論議された。電力会社など原子力事業者の間には「無限責任では原発の事業リスクを高め、安全対策や建て替えの資金調達にも支障を来す」と、英国やフランスと同様に有限責任とする要望が強かったが、政府はこれを退けた。

 「有限責任では国民の理解が得られない」、「無限責任は電力会社の安全対策の動機づけになる」というのが、その理由だ。

 原発の利用は国が方針を決めて、電力会社など原子力事業者が実行する「国策民営」で進められてきたが、ひとたび事故が起き巨額の損害が発生すれば国と電力会社は責任のなすり合いをする。原発に依存するエネルギー政策はとっくに破綻している。

  東京電力福島第一原発事故の対応費用については、民間シンクタンク「日本経済研究センター」が、経済済産業省が2016 年に公表した試算の約22兆円を大きく上回る総額81 ~35 兆円に上ると試算している。この中には赤字に陥った鹿島建設を救済するため、350 億円を投じて凍土遮水壁の建設費も含まれる。しかも維持費も鹿島に入っているにもかからず、遮水は極めて部分的で、冷却水の漏れや遮水壁陸側で水位低下が起きている。国は原発事故の対応費用まで大企業に貢いでいるのだ。

 

「汚染水海洋放出は安全」の合唱

 福島第1原発の汚染水の海洋放出について、麻生財務相などが例によって「飲んでもたいしたことはないそうだ」と言っている。マスコミも概ねそれをフォローするような論調だ。例えば朝日新聞(4月15日)は次のように書く。

 「トリチウムから出る放射線は弱く、紙一枚でさえぎると言われている。自然界でも宇宙からの放射線で日々トリチウムがつくられている。12,3年で放射能は半分に減る。運転中の原発や使用済み核燃料の再処理工場からも濃度や量を管理して流している。日本に限らず、海外でも原発1施設あたり、年間数兆~数十ベクトルを排水している。国の放出基準は1リットルあたり6万ベクトル。この水を70歳になるまで毎日2リットル飲み続けても、被ばくは国際的に許容されるレベルにおさまるという。福島第一では基準の40分の1にまで薄めるそうだ」

 しかし、1974年に開催された日本放射線影響学会は、「トリチウムは極めて薄い濃度で染色体に異常を起こす」と発表し、原発推進派の「日本原子力研究開発機構」が作成したネット上の原子力百科事典「ATOMICA」でさえ、トリチウムの危険性を指摘している(「日刊ゲンダイ」4月10日)。

 

原発推進派議員も汚染水放出に異論

 政府の主張と、それと一脈通じる大マスコミの報道には、原発推進派の自民党議員からも異論が出ている。その一人、自民党の「処理水等政策勉強会」の代表世話人で、「菅首相を支持している」という山本拓衆院議員(二階派)は、「原発処理水に関する報道は、事実と異なることが多い。国民に事実を伝えるべきだ」と、以下のように指摘する。

 「東京電力が2020年12月24日に発表した資料によると、処理水を2次処理してもトリチウム以外のヨウ素129,セシウム135、セシウム137など、12の『核種』(*注2)は除去できないことがわかっています。『通常の原発でも海に流している』という報道も、ALPS(多核種除去設備)処理水と通常の原発排水はまったく違います。ALPSでも処理できない核種のうち、11 核種は通常の原発排水には含まれない核種。通常の原発の場合、燃料棒は被膜で覆われ、冷却水が直接燃料棒に触れることがない。しかし福島第1原発はむき出し燃料棒に直接触れた水が発生している。処理水に含まれるのは『事故由来の核種』(*注3)です」(「日刊ゲンダイ」4月15日)。

 

損保は「原子力ムラ」構成員

 「原子力ムラ」とは、原子力発電をめぐる利権によって結ばれた産・官・学の特定の関係者によって構成された特殊な社会的集団、およびその関係を批判した言葉だ。損保もその「ムラ」の構成員だ。

 国からの要請とはいえ原子力損害賠償責任保険を引き受けるのと見返りに、電力会社など様々の原子力事業の施設、自動車の保険料が入ってくるし、投融資もしている。下表のように大手損保は電力会社の株式を多く保有している。

 東京海上日動火災と三井住友海上は、「原子力の平和利用により国民経済と福祉社会の健全な発展に寄与する」という日本原子力産業会議の会員でもある。そういう利権関係で結ばれている損保が、産業や企業として原発の危険性や不経済性を指摘するはずもないが、はたしてそれでいいのか。

 いうまでもなく、損保従業員や関係者も他の国民と等しく原発がもたらす害毒の被害者でもある。いまこそ、その一人一人が自立した市民として、国策と一体化した大企業の国民不在の論理に抗していくことが求められているのではないだろうか。

 

損保の持ち株(単位・万株)

 

関西電力

東北電力

中部電力

東京海上HD

295

175

119

SOMPOHD

293

255

 

三井住友HD

184

128

 

 

 


*注1 2011年の福島第1原発事故に伴って官民共同出資で設立された、原子力損害賠償・廃炉等支援機構法(原子力損害賠償支援機構法)に基づく日本の認可法人。略称原賠機構。

*注2 原子核を構成する陽子・中性子の数によって分類される個々の原子核。

*注3 東京電力福島第一原子力発電所事故により、環境中に放出された放射性物質で、健康や環境への影響において、主に問題となるものは、ヨウ素131、セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90の4種類を指す。