今月のイチオシ本


  川島真・森聡編

『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(東大出版会2020.12)

 

               

                岡本 敏則

 


 菅首相はバイデン大統領のもとへ朝貢一番乗りを果たした。「強固な日米関係」、中国の「一帯一路」に対抗した「FOIP」(自由で開かれたインド太平洋)のさらなる構築へ向けて。

 バイデン政権の国務長官(外務大臣に相当)になったブリンケン氏は両親ともユダヤ系であり、離婚した母の再婚相手(継父)はナチスのホローコーストを生き延びた人物。人権問題で、中国へは厳しい姿勢で臨むだろう。日米は「価値」(自由と民主主義)を共有するという菅政権だが、果たしてついていけるのだろうか。本書は対立関係にある米中と世界各国(英国、ドイツ、イタリア、ポーランド、豪州、韓国)の関係を分析したものである。執筆者は13名、ほとんどが大学の研究者だが、防衛研究所(防衛省のシンクタンク)の研究員が2人含まれている。今回は各国の中からドイツと、韓国を取り上げた。

 

 Ⅰ、ドイツから見る米中関係 森井祐一東大教授

 米国とNATOの構成国が軍事費をGDPの2%にまで引き上げて応分の負担をすることはすでに2014年に合意していた。ドイツでは、憲法規定とEU財政条約の財政規模規定による制約から、防衛費の増額はなかなか進まなかったが、ロシアによるクリミア半島併合後(*現在ロシアはウクライナ国境、クリミアに8万の軍隊を駐屯させている)国際的安全保障環境の変化、紛争地域の安定化のためのドイツ連邦軍の高度化などのため、近年では防衛費は増額されている。しかし、2024年までの目標値であるGDPの2%には遠く及ばない。また分母であるドイツのGDPの大きさから、2%までの急速な拡大は全く現実的ではないことも国内ではコンセンサスとなっている。ドイツ駐留米軍の具体的な削減計画(2020年)の発表は、ドイツ国内に大きな影響を与えた。安全保障戦略上の問題のみならず、ドイツの地方自治体にとって米軍は重要な雇用主であり、経済的アクタ―(当事者)として認識されている。

 今後の国際的なドイツの立ち位置を展望する場合、「緑の党」の存在が重要となってくる。緑の党は、人権侵害や自由の抑圧などに対しては従来から厳しい態度をとっているが、中国は市場経済で成功しながら民主主義を抑圧する権威主義体制であり、自由主義秩序に対する脅威と捉えている。緑の党が政権参加すれば、ポスト・メルケル(*今年9月首相を退任する)のドイツは今まで以上に民主主義や人権、さらには地球温暖化防止のための環境政策などに重点を置く可能性が高い。しかし緑の党は反米ではないし、外交安全保障政策では十分に政権担当するだけの経験を有している。

 

 Ⅱ、韓国から見た米中関係 木宮正史東大教授

 米韓同盟は、基本的に北朝鮮の軍事挑発など「朝鮮半島有事」への対応を基本とする。ただし、米韓関係には「日本問題」も介在する。2019年7月日本政府の対韓輸出管理措置の変更に反発して、韓国政府が日韓GSOMIA(軍事情報包括保護規定)の破棄を予告した。これは、日韓と同盟を共有する米国に働きかけ、日本を説得してもらうことを狙ったものだと言われる。

 米国にとっては朝鮮戦争のような「朝鮮戦争有事」に対応するために米韓同盟が必要であり、「極東」における安全保障のために日米安保条約が必要であった。日韓の間には、日本が韓国を侵略、支配したという20世紀前半の歴史があるために、安全保障の取り決めを結ぶことは元来難しかった。しかも、戦後再び経済大国となった日本との間で「アジアにおける共産主義に対抗する」という課題を共有するとはいえ、日本が軍事力を増強するにつれ、韓国は日本に対する安全保障も意識せざるをえなくなったからである。したがって米韓同盟、そして日米同盟が併存することは、米国を軸としてアジアにおける反共陣営の結束を強化することのほかに、少なくとも韓国からすると、日米韓の枠組みの中に日本を「封じ込める」ことで韓国の対日安保を確保するという意味も込められていた。

 韓国のこうした警戒感の背景には、同じ対米同盟を共有しながらも、日米同盟と米韓同盟との関係は階層的であり、米国の外交安保政策の中で常に韓国が日本の下に位置付けられてきたという不満が存在した。ところが、冷戦の終焉以後は、日韓関係が「非対称で相互補完的関係」から「対称で相互競争的関係」へと変容する中、今度は日本側の競争意識も刺激されることになった。

 米国政府、特にトランプ政権は、同盟国である日韓の対立を仲裁するどころか放置し利用してきた。韓国がコントロールできない米中関係に全面的に依存するよりも、日本との協力関係をどのように利用しうるのかを考える余地は十分あるはずだ。日本としても対北朝鮮関係に関して韓国とどのように戦略を調整するのか、それが日本の国益にどのように資するのか、そうした観点からの接近が必要ではないであろうか。