北 健一 「経済ニュースの裏側」


鮮やかな「企業再編」の裏側には

 

 経営危機に陥る会社が広がる不況期はM&Aの商機でもある。株価が下がるため、買収側から見ると「お買い得」な会社が増えるからだ。

 シンガポールの富豪、ゴー・ハップジン氏率いるウットラムグループに株式の6割を握られた日本ペイントホールディングス・田中正明社長兼CEOの秀逸なインタビュー記事(『日経ビジネス』2月22日号)を読んで、産業革新投資機構(JIC)をめぐる大立ち回りを思い出した。

 田中氏は三菱UFJフィナンシャル・グループ副社長も務めたプロ経営者だ。「けんか正(まさ)」と呼ばれる辣腕は2018年、経済産業省とのバトルでも発揮された。

 JIC立ち上げにあたって経産省は、業績連動を含む総額1億2千万円の報酬案をいったん提示するが、財務省や官邸の異論を受けて撤回。田中氏らは強く反発し、民間出身役員全員が辞任した。

 辞任会見で田中氏は「正式に提示した報酬の一方的破棄という重大な信頼毀損」と経産省をなじり、「わが国の将来のためにと志した目的を実務的に達成することが困難になった」と述べた。

 JIC社長の椅子を蹴った田中氏は日本ペイント会長に入り、20年、社長兼CEOとして、ウットラムグループとのアジア合弁事業の買収を手掛けた。対価として引き渡したのは1兆2千億円相当の自社の新株。ウットラムは1円も払わず日本ペイント株式の59%を手中に収めた。

 前出インタビューで田中氏は「乗っ取りかどうかなんてこだわっていません」と断言し、日本ペイントはゴー氏のものになりますがと問われても「ゴーさんもわれわれもウィンウィン」と返す。目指すのは「毎年成長」「株主価値を最大化」だそうである。

 ゴー氏が日本ペイントに誘った田中氏が、前面に立って「乗っ取り」が成就した。下手を打った経産省とは対照的な、鮮やかな手際に感心する。

 一握りの富豪や経営者の「ウィンウィン」のことを、彼らは時に、「わが国の将来のため」と言うのだろうか。大きな企業再編の陰では整理解雇など労働者、下請けへのしわ寄せも目立つ。

 ドラマチックな企業再編の底辺で、現場で汗する人たちはどうなっているのか。目を凝らさなければと改めて思う。