真山  民「現代損保考」


         「空飛ぶ車」と損保

                              


 

古代インド叙事詩で描かれた「空飛ぶ車」が現実に(写真はジョビー・アビエーションが開発している垂直離着陸機)

 

 「空飛ぶ車」は1980年代の映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ブレードランナー」にも登場するが、その発想は11世紀の古代インドの英雄叙事詩『ラーマーヤナ』の「空飛ぶ戦車」まで遡るという。  

 そしていま、世界中が「空飛ぶ車」の実現から実用化に向け、しのぎを削っている。

 ●国土交通省は3月9日、「空飛ぶ車の事業開始(目標2023年)を実現するため「次世代航空モビリティ企画室」を設置することを発表。

 ●「岡山県倉敷市水島地域への航空宇宙産業クラスターの実現に向けた研究会」(MASC MASC)は空飛ぶ車で離島との往来めざす。

 ●大阪府の吉村知事が「空飛ぶ車」の実現に向けた産官学連携の組織を2020年11月に設立、万博での未来社会実現を目指す。

 ●中国の新興電気自動車(EV)メーカー、小鵬汽車が「空飛ぶ車」分野に参入すると発表。2023~25年を目標に実用化し、高級車の価格帯での販売をめざす。

 ●韓国の現代自動車がシンガポールの産業団地に建設のAIや自動運転の開発施設の屋上に「空飛ぶ車」の離着陸場を整備。

 (以上「国土交通省ホームページ」「日経」等から)

 

 もっとも、軍事面でいえば「空飛ぶ車」は、すでに実用化されている。AI搭載の攻撃型ドローンは米中が開発にしのぎを削る最先端兵器だし、アメリカはアフガニスタンやイラクで実戦投入し、イスラエルやロシア軍も2009年頃から実用しているという。

 

 「空飛ぶ車」の保険で先行を目指すあいおいニッセイ同和損保

 

 「空飛ぶ車」の実現を巡る内外の企業の競争の中で、損保はどう動いているのか。「安全に運航すると保険料を割り引く自動車保険の仕組みを空飛ぶ車に適用する検討に入った」のがあいおいニッセイ同和損害保険だ(「日経」20.7.20)。

 米国の有力企業ジョビー・アビエーションに出資して専用保険を開発し、自動車保険で培った安全を促す仕組みを空のモビリティー(未来の移動体)でも生かす。ジョビーは垂直に離陸でき空飛ぶ車の本命とされる「eVTOL(イーブイトール)」という機器の開発・運用を担っているが、トヨタ自動車が400億円超を出資し、この連合に、あいおいニッセイ同和損保が加わる。

 eVTOLは4人以上が乗車でき、300キロメートルの航続距離と時速320キロメートルの最高速度を出せる。都市間の輸送で活用が期待され、陸地の上空を飛ぶことが多くなると想定される。

 あいおいニッセイ同和損保は2018年に自動車の安全運転の度合いを保険料に反映するテレマティクス保険をいち早く導入したが、同じ仕組みを「空飛ぶ車」の保険にも広げ、飛行時間が少ない場合は料金を割引き、風や雨の少ない地域では安くし、空の道の混雑も反映する。こうしてこの分野の保険の先行を目指す。

 

 実現にハードル。果たして多くの人が待ち望んでいることか?

 

 しかし実現しても実用化されるまで、「空飛ぶ車」が乗り越えなければならないハードルは少なくない。多数の車両の運行を調整するための航空交通管制システムの開発、広大で大規模なメガ・スカイポートの建設、法整備もこれからだ。それがどれだけ大変なことか、「空飛ぶ車」の開発部門はもともと米配車サービス大手ウーバー・テクノロジーズが所有していたが、それをトヨタ自動車が出資する米新興企業ジョビー・アビエーションに売却したことでもわかる。ウーバーは2023年の商用化を目指し、eVTOLを使った空のライドシェアサービス(自動車の所有者・運転者と、移動手段として自動車に乗りたいユーザーを結びつけるサービス)の開発を進めていたが、新型コロナウイルスの影響で人々の移動が減り、採算を確保するのは難しいと判断したからだ。

 しかしなにより、果たして「空飛ぶ車」を消費者がどれだけ望んでいるのだろうか?リニアモーターカーなどと同様、その疑問や検討を抜きに進められているのではないか?損保に、その問題意識はあるのだろうか。

 また、前述のように「空飛ぶ車」の開発と軍事技術とが、密接な連関性を持っているとすれば、平和産業としての損保のイメージに影響を及ぼさないだろうか。

  

 なぜ、そこまで損保は前のめりなのかというユーザーの疑問

 

 筆者はある自動車保険のユーザーから質問を受けた。「なぜ『空飛ぶ車』に絡んで損保がこれほどまでに表舞台に登場してくるのですか」と。一般契約者の目にも、損保会社の前のめりと目立ちぶりは単なる新たな保険引受けの準備行動を超えたものと映っているようだ。損保はすでに「補償」専門産業ではないが、「気候正義」(※)という言葉に倣っていえば、損保には「保険正義」とでもいうポリシィを忘れてほしくない。つまり、ノーロス・ノープロフィットという補償事業としての理念を保持し、出来るだけ契約者から余計な保険料を取らない、という公平性の原則である。「空飛ぶ車」への損保の肩入れは、それとは逆方向のイメージ拡大、すなわち積み上げた金融資本を武器に、国策や大企業に積極的に奉仕する姿の象徴ではないか。ユーザーの素朴な疑問は現在の損保の立ち位置を視認するうえでも、貴重な指摘だろう。

 

 斎藤幸平氏の『人新世の資本論』がベストセラーになっている。異常気象やコロナ禍など様々の危機を乗り越えるためには、これまでの価値観や想定をいったん否定するような根本的な変更が必要だということに多くの人が共感しているからだろう。損保に対する前記ユーザーの素朴な問いかけにも同様の思いが籠められているのではないか。

(※)気候正義=気候変動問題は人為的に引き起こされた国際的な人権問題であり、この不公正な事態を正して地球温暖化を防止しなければならないとする考え方。「気候の公平性」とも呼ばれる。