真山  民「現代損保考」


    「地震保険損害査定指針」を公開すべき

                              


 問われた業界の隠蔽体質

 「地震保険金が10倍変わる認定基準数値 保険業界が公表しない理由」

「地震保険に非公表の損害判定基準 損保業界内だけで共有」

 

 これは2016年6月に発生した熊本地震で、大分県別府市に所在する鉄筋コンクリート造8階建賃貸マンションが被った損害に対する地震保険金の認定を巡って、マンションの所有者と損害保険ジャパンとの間で争われた訴訟に対する判決を伝えた記事の見出しである。前者は「週刊ダイヤモンド」の昨年12月19号、後者は「日本経済新聞」の今年1月10日号に掲載された。

 判決は「被告(損害保険ジャパン)は原告(マンション所有者A)に1億5000万円を支払うこと」というもので、原告A氏の主張が認められ損保ジャパンが控訴しなかったため判決が確定した。

 

 この裁判は業界に対して、極めて重要な問題指摘を行っている。

 その1、地震保険における「一部損」「半損」の定義が、難解である上、その境界線についてもあいまいさを残しているという問題。

 その2、その「難解さ」「あいまいさ」が、保険金支払いについて契約者にとって不利な働きをしてきたという疑念。

 その3、「一部損」「半損」認定基準の「指針」が存在するが、契約者には情報公開されていないという問題。

 

 訴訟の経緯をいま一度振り返ってみると、以下のとおりである。

 1.原告は当該のマンションに火災保険4.2億円、地震保険2.1億円(火災保険金額に対して50%の制限いっぱいの保険金額)の契約を交わしていた。

 2.原告の保険金請求に対し、損保ジャパンは2回にわたり鑑定を実施し「一部損」と判定、「主要構造部の損害の額が建物の時価額3%以上20%未満」の場合の地震保険金額の5%、1,050万円と支払うと査定した。

 3.判定に疑問を抱いた原告は東京の一級建築士・都甲栄充(とこうひでみつ)氏に協力を依頼、依頼を受けた都甲氏は6度にわたり現地を訪れ、損害の程度の調査や鑑定に立ち合い、損保ジャパンと交渉したが、損保ジャパンは判定を変えなかった。

 4.原告は17年6月13日、東京地裁に提訴、以後2年半28回にも及ぶ審理を経て、昨年11月5日に東京地裁は損害保険ジャパンに2016年12月31日以前始期の地震保険契約の「半損」に当たる「主要構造部の損害額が建物の時価額の20%以上50%未満の限度額である地震保険金額の50%の保険金の1億500万円を支払う」よう判決を下した。裁判で争うことで、原告は10倍の保険金を手にすることができたのである。

 

 裁判で明らかにされた損保協会策定の「地震保険損害査定指針」

 原告の代理人の土屋賢司弁護士(東京総合法律事務所)は建物の損壊度を評価する「損害認定基準」について、損保が契約者に交付する「契約のしおり」に載っている「基準表」のほかに、公開されていなかった「基準表」が存在することを損保が公式に認めたこと、さらに、その「損害認定基準」には、損害の認定についてひび割れの幅など「定量的に評価できる基準」が記載され、原告のマンションには、「1mm未満のひび割れが多数あることに加えて、1mm幅のひび割れが1本認められた」ことにより「半壊」と認定されたと説明する。

 土屋弁護士の説明を俟つまでもなく、地震保険は「支払い条件」が厳しく「支払金額」が少ない。「支払条件」として、建物の柱や梁などの主要構造部分の損傷のみが対象とされ、「20%以上の半損」や「50%以上の全損」という大きな損壊が発生しなければ保険金が支払われないと世間では受け止められている。「非常に大きな損壊に限り、過小な保険金が支払われるにすぎない」ことが、地震保険の加入率(火災保険契約件数に対する地震保険の付帯件数)が東日本大震災をきっかけに20年前の倍に伸びたとはいえ、いまだ65%(2018年現在)にとどまっている第一の原因なのだ。

 

 契約者が不利に追い込まれる地震保険の損害認定

 都甲建築士も「地震保険は、保険契約者と保険会社が対等な契約になっていない。特に保険金の支払いに関する調査や計算方法などが明確でなく、保険会社に任せざるを得ない」と、地震保険には保険会社(売り手)と契約者(買い手)の間に「情報の非対称性」が存在し、契約者が不利な立場に置かれていると指摘し、こう付け加えている。いずれも損保にとっては傾聴すべき批判である。

(1)損害認定基準が曖昧で、建物の柱や梁といった主要構造部1本ごとの損害を判定する基準が不明確である。

(2)ひび割れの判定が難しく、その原因が地震などの災害によるものか、経年劣化によるものなのか判定が難しい。

(3)損害の認定を行う鑑定人の資格が確立されていないうえ、損保協会の鑑定人や保険調査会社が教育した建築士などが鑑定を行っているが、判定結果にばらつきが大きい。一級建築士を対象に、罰則まで盛り込んだ保険調査の国家資格を設けるべきだ。

(土屋弁護士と都甲建築士の見解については、ウエブサイト「裁判官データベース」に拠った。)

 

 説得力に欠ける損保の「査定指針非公開の理由」

 損保業界は損害認定基準の「査定指針」非公開の理由として「地震の度に出回る住宅修理サービス業者や保険手続き代行コンサルタントと称する悪徳業者が地震の前からあったひび割れを地震のせいにしたり、ひび割れを故意に大きくして保険金をせしめようという詐欺的手法のツールとして悪用されることを防ぐ」ことを挙げている。また、契約者からの「保険会社は保険金を少なくするため業界内部で示し合わせている」という不満に対しては「地震保険は利益も損失も出ないようにするノーロス・ノープロフィットを原則としており、保険金を故意に減額する理由はない」とも反論する。しかし、損保業界側のこのような理由が契約者に通じると考え、「査定指針」も非公開を貫いたら、今後地震が起こるたびにトラブルも数多く発生するだろう。

 10年前の東日本大震災でも、一日も早く復旧工事に着手したい契約者は迅速かつ的確な損害認定を期待したが、実際に損害査定を行う調査員は損保から派遣されており、抽象的な認定基準により損害額を判定し、その説明も不十分であったため、契約者との間でもめたケースが多かった。

 損保協会のホームページを見ても、東京地裁が示した判決に対する見解は見当たらない。先月13日に発生した福島県沖を震源とするマグニチュード7.1の地震による保険金の請求に際しても、損保は書面や写真の提出だけで請求を受け付けているが、判決を踏まえた契約者本位の保険金支払いに転換すべき機会でもあろう。