真山  民「現代損保考」


      火災保険の赤字は経済構造に主因

                              


 

   火災保険が大幅赤字

 

 昨年度(2019年4月1日~2020年3月31日)、日本で営業する損害保険会社が計上した正味収入保険料(正味収保 *注)は、約8兆3928億円、このうち自動車正味収保は4兆548億円(構成比48.3%)、火災正味収保は1兆1849億円(同14.1%)である。火災保険料は自動車保険料の30%にも満たない。

 ところが、この2種目の保険引受収益(保険料収入から保険金の支払額と事業費を差し引いた利益または損失)は、まったく逆で、2019年度の東京海上日動と損害保険ジャパンの大手2社の場合、東海日動は自動車保険が971億円の利益なのに火災保険は790憶円の損失、損保ジャパンも自動車保険の932憶円の利益に対し、火災保険は803億円の損失を計上している。この傾向は近年ずっと続いており、しかも今年度(2020年度)はさらに悪化、上半期(4月~9月)の火災保険の保険引受損失は、東海日動が785億円、損保ジャパンが575憶円、三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保は合計で994億円の赤字で、半年で昨年1年間の赤字を上回るペースとなっている(グラフ参照=日経電子版より)。

 

 

 

 日経(1月8日)はこの状況をこう伝えている。

 「損害保険大手4社の2021年3月期の火災保険の損益は2000億円を超える赤字となる見通しだ。台風の日本への上陸が12年ぶりになく災害の被害が比較的少なかったにもかかわらず、保険金の支払いに備える再保険料の上昇や工場の老朽化が響いた。災害が少なくても赤字となる構造問題が鮮明になり、主力商品の収益性の改善が急務となっている」

 

 火災保険の赤字を生み出す要因

 

 火災保険がこれほどの赤字を生み出すようになった要因として、大量の化石燃料が発生する温室効果ガスがもたらす異常気象の台風、豪雨、豪雪(今冬の日本海側の地方はことのほか厳しい)による損害以外に様々な原因がある。その中で深刻ものとして日経が指摘したのは、企業設備の老朽化で、鉄鋼や化学の工場、倉庫などを含む危険物施設の火災事故発生件数は218件と09年比で3割強増えたのも、それが起因となっているという。また老朽マンションなども、例えば水漏れ損の拡大につながっている。

 

 年々減少する小規模企業

 

 これに加えて深刻さに輪をかけているのが、先のみえないコロナ禍の下で個人企業のような小規模経営の多い料理飲食店などの倒産や店じまいで、これは火災保険に限らず保険契約そのものの減少を意味する。

 東京商工リサーチは1月18日、「昨年、全国で休廃業・解散をした企業」について、次のように発表した。

 1.休廃業・解散をした企業は前年比14.6%増の4万9698件と、2000年の調査開始以降で最多。

 2.産業別では、飲食や宿泊を含む「サービス業他」が17.9%増の1万5624件と最も多く、建設業(8211件)、小売業(6168件)が続いた。増加率では、金融・保険業(1817件)の41・6%が最大だった。

 

 東京商工リサーチの担当者は「公的な支援は短期的な倒産回避につながっているが、事業の持続可能性の改善には直結していない。緊急事態宣言も出るなか、先行きを見通せずに事業をたたむ『あきらめ型』の休廃業・解散はさらに増える恐れがある」と指摘する(朝日 1月19日)。

 因みに、休廃業・解散した企業数の多い業種の従業員数10人未満の小企業数を総務省統計局「産業別・従業員規模別民営事業数」で調べてみると、次のとおりである(単位・百)。

 ◇宿泊業、飲食サービス業 全事業数 6,964  従業員10人未満 5,441(78.1%)

 ◇生活関連サービス業、娯楽業 全事業数 4,707 従業員数10人未満 4,194(89.1%)

 ◇建設業 全事業数 4,927  従業員数10人未満 3,983(80.8%) 

 ◇小売り、卸売業 全事業数 13,550  従業員数10人未満 10,533(77.7%) 

 

 こうした中小・個人企業の損害保険契約は、火災保険に限らず自動車保険も含めて、中小・中堅の損害保険代理店の扱いの大きな比重を占めてきた。それが小規模企業の漸減とともに失われつつあると推測できる。

 いや、休廃業・解散をした企業のうち、増加率で最大であった「金融・保険業」も全国8万4000事業のうち10人未満の小規模事業は4万5250事業と50%を超える。休廃業・解散した金融・保険業の中には損保代理店も存在すると思われる。

 『中小企業白書』(2019年度版)も、こう指摘する。

 「2014年から2016年の2 年の間に企業数は23万社(6.1%)の減少となった。規模別に内訳を見ると、大企業が47 社増加、中規模企業が3万社減少、小規模企業が20万社減少しており、特に小規模企業の減少数が大きいことが分かる。また、1999年を基準として規模別の減少率を見ても、小規模企業は調査年毎にマイナス幅を拡大させており、減少傾向を強めている」

 

 中小企業淘汰は国策

 

 竹中平蔵氏とともに菅政権の経済政策のブレインの一人で、やはり「経済戦略会議」の委員を務めるデービッド・アトキンソン氏は「ゾンビのような中小企業の淘汰」を叫び、中小企業の減少を加速させることを主張しており、国の「経済政策」には、こうした考え方が反映している。すなわち、火災保険の赤字拡大は、国の中小企業に対する冷厳な政策の裏返しでもある。保険会社が安易な火災保険料率アップという常套手段で立て直しを図ろうとすれば、さらに中小企業の負荷増大、淘汰につながり、保険会社は顧客を失うというスパイラルに陥る。火災保険の構造的立て直しのためには、現在の国の経済政策への批判を怠らず、日本経済を支える中小企業とともに栄える損保、という理念を堅持することから始めなければなるまい。

 

*注 正味収入保険料 元受保険料(保険会社が契約者から受け取る保険料の合計から積立保険料を引いた保険料)-支払再保険料+受取再保険料-支払再々保険料

 

     

記事一覧に戻る