今月のイチオシ本


『UP』1月号(東京大学出版会)学術会議任命拒否問題

 

               

                岡本 敏則

 


 昨年9月28日に判明した学術会議新委員6名の任命拒否。東大関係者は、宇野重規東大社会科学研究所教授(政治思想史)、加藤陽子東大大学院人文社会系研究科教授(日本近現代史)のお二方。東大出版会発行の『UP1月号』の連載コラムのうちこの問題に言及した2篇を紹介する。『UP』(UNIVERSITY PRESS)は岩波書店の『図書』と同じ広報誌。

 

  佐藤康宏東京大学名誉教授(1955年生 日本美術史)

 

 日本美術史不案内(139)―それでも、日本政府は学者との「戦争」を選んだ― 

 

 文化庁のある専門家会議の座長を辞任した。日本学術会議の新委員として推薦された学者のうち6名を菅首相が任命拒否をしたことへの抗議であり、専門家を専門家として尊重しない政府のために働くつもりはないという理由を伝えた。もちろん今回の違法行為は、学術の範囲にとどまらないすべての人にとって危険な独裁政権の性格を露にしているが、まずは任命拒否の理由を焦点としよう。公にできないその理由を推測するのは容易である。政府は、違法な措置を撤回するどころか学術会議の在り方を見直すと居丈高だが、NHKの報道によれば、その自民党作業チームの初会合で「大学での研究を安全保障政策に生かすための方策」も議論したという発言があった。これが核心だろう。政権は、大学その他の研究機関に軍事研究を担わせたいのである。一貫して戦争目的の科学研究に反対声明を出してきた学術会議は邪魔な存在であり、安倍政権時強行採決した特定秘密保護法や安全保障関連法に異を唱えていた6名が新会員に加われば、学術会議の抵抗勢力を増やすのは目に見えている。官邸は法を犯しても人事に介入し、それを拒絶したのだ。

 今回政府には、学者を相手取って戦争を仕掛けた自覚はない。むしろ、学者といっしょに「戦争」を戦うことを望んでいるのだ。75年前までのように。

 

 須藤靖東京大学大学院理学系研究科教授(1958年生 宇宙論・太陽系外惑星)

 

 注文の多い雑文その52 ―日本学術会議のカイラリティ―

 

 私は2011年から2017年の2期6年間にわたって学術会議会員であったこともあり、この件には強い関心を持っている。またこれは学術会議がどうこうといった問題にとどまらず、現代社会における不正確な情報の拡散、意見の二極化や分断といった、最近の米国で顕著な現象が、決して対岸の火事ではないことを知らされた。ネット上にあふれる数多くの意見が、日本社会全体の意見分布を忠実に反映しているわけではあるまい。しかし、学者に対して極めて強い反感、さらには嫌悪感を抱いている人々が一定の割合存在しているのは確かだ。

 残念なことに、自分とは異なる意見には耳を貸そうとせず、「あいつは左(右)だから」とレッテルを貼るだけでそれ以上の議論を拒否し、思考停止する態度はあらゆる場面で蔓延しつつある。ネット上では自分と同じ意見だけを選択することで、自分にとって不愉快な反対意見は完全に黙殺することができる。さらに匿名性が担保されるおかげで「自由」と「無責任」が保証され、結果、ある種の独善的な集団が形成され、その内部では意見がますます過激になる。これが二極化あるいは分断である。

 今回の日本学術会議会員任命拒否問題に絡んで、激しい学術会議パッシングが起こっている。しかも私から見れば、根も葉もない誤解が(時には意図的に)拡散されたことによっていわれのない批判を受け、一部の国民もそれを鵜呑みにしているように思えてならない。

 過去4年間にわたって公言してはばからないトランプ大統領には呆れさせられてきたが、この日本でも同じことが進行中だとは恥ずかしながら気づかなかった。根っこには国、世界に対して人々が感じている閉塞感や格差の問題があるのかもしれない。その矛先が「学術会議=左」と短絡的にレッテルを貼ったうえで、事実と異なる情報に基づいてひたすら批判するのは論外だ。

 

 〇エスカレ―タ―のル―ル=ある物知りの先生から、関西ルールは阪急電鉄が梅田駅のエスカレ―タ―ができた時に右側に立つようにアナウンスしたことに始まる、と教えられた。右派が大阪周辺に局在しているのはそのためだったのか・・・

 〇カイラリティ(chirality)=科学用語、ある現象とその鏡像が同一にならないような性質。