大杉良夫「保険金支払い事件簿」

           マンションへの落雷事故


 損害保険会社のノンマリン事故調査は、「自動車」と「火災新種」に大別され、担当者もそれぞれ違う。自動車事故専門担当者にとって、火災新種の損害調査社員の話を聞くことは、ときに別世界を覗いたような新鮮な驚きがあって興味深い。

 

 13階建てのマンションの一角が落雷に遭って最上部の角のタイルが欠落したという事故報告があった。その日、その地域は前夜強風と落雷が激しかったので、落雷事故ではないか、その場合は火災保険で補償していただけるはずだが、というのである。落雷が原因なら支払いの対象だ。しかし、タイルの落下となれば施工不良や経年劣化が原因ということも十分あり得る。その問題は入念に調査した結果、却下され、どうも落雷らしいということになったのだが、その破損場所から数メートルのところに避雷針が設置されている。つまり当該場所は建築基準法の「落雷保護範囲」であるから落雷はあり得ないうえ、マンションなどの落雷は、コンクリート内部の鉄筋を伝わって地面に逃げるので、タイルが欠損するはずはないという知見も示され、担当者としては困惑の時間帯があったという。

 

 とはいうものの、さらに、いろいろ専門家の意見も聞いて分析を進めていくうちに結論はやはり落雷ということに収斂していった。避雷針は機能しなかったのか?という問題については、一つは雷雲が低空で発生して、低い角度で避雷針をかいくぐるケースがあり得ること、二つ目は、雷は枝分かれして落ちる場合もあること、などもわかってきた。このマンションの場合は、おそらくは枝分かれ説が該当するだろうという。つまり、雷本体は避雷針に落ちたのだが、その直前に枝分かれして枝の一部が建物の角に落雷したとすれば、損傷個所の大きさなどとも符合するという結論だ。鉄筋コンクリートの建物への落雷は、通常、その証拠は残らない。

 つまり「落雷」という仮説に、矛盾しない科学的証拠が積み重ねられ、仮説は結論となったのだ。

 

 その手法は、自動車事故の場合でも基本的には同じである。しかし、自動車事故の場合は加害者と被害者の過失割合という問題が絡む。判定によって利害が対立する。人間的要素が介入してくるのだ。落雷事故には加害者もいなかったし被害者の過失もない。人と人の損得が絡まないだけ平和的に見えるのかもしれない。いつもギスギスした自動車事故を担当している身から見れば、羨ましいような学術的な話だった。