「働く」現場から

生活保護たたきをしたのは誰か

 

ジャーナリスト・東海林 智


 「疲れちゃった。本当、疲れちゃったな」

 新型コロナウイルス禍の中で、小学生の子どもを抱えるシングルマザーは、深いため息をついた。

 健康飲料の販売を個人請負で働いている近所に住む女性だ。昨年、緊急事態宣言下で一斉休校措置があったころ、子どもは小学校に入りたてだった。その後も午前中だけの授業などシステムが変わるたびに翻弄された。

 個人請負とはいえ、自分で好きな時間に働ける訳ではなく、実際はオフィスを回るルートセールみたいなものだ。午前中、午後の早い時間までに回らないと、仕事にならない。しかし、学校が休校になったり、短縮授業になったりして、学童保育も中止になれば、幼い子どもの面倒を見るため、仕事を休まなければならない。また、最初の緊急事態宣言時には、請負労働なのに、突然会社から1カ月の休業を命じられた。

 宣言が明け、業務が再開しても、リモートワークでオフィスから人の姿が消え、これまでのように商品は売れなくなった。1年を経過しても例年より2~3割少ない売り上げ。昨年は7割ぐらい減少する月もあった。もともと低収入だったのが、さらに減り、かつ不安定になった。何とか生き延びなければならないと、ありとあらゆる使える支援策を使い切った。

 「住宅確保の支援、持続化給付金、一時貸し付け………」。利用した制度を指折り数えた。自分でも良くこんなに活用したと思う。どちらかと言えば情報に疎く、使える制度も見逃してきた人間だ。それが、昨年から、ネットからリアルから毎日、使える制度はないかと目を光らせた。筆者にも、会うたびに「何か良い支援制度はない?」と聞いてきた。

 筆者も常に低所得のシングルマザーが使える制度はないかと注意するようになり、パンフや要綱を集めては彼女に渡した。いつも、興味津々に食いついてくる彼女だが、一度だけ、明確に「それはいいや」と断った資料がある。それは、生活保護活用の勧めだった。

 「シングルマザーとなり、それを使うようになったら惨めだから」と断言した。気張って子どもを育てて生きてきた自負なのだろう。その気持ちも分かるから、説明はせず「渡すだけね」と言って手渡した。その後も折りに触れ、生活保護を使うのは権利であることなどをそれとなく伝え続けてきた。それでも、「頑張る」といつも笑った。

 

●立ちはだかる「心の壁」

 

 そんな彼女が、「疲れた」の後に切り出したのが、「生保の使い方を詳しく説明して」との言葉だった。生半可な知識を伝えても申し訳ないと思い、信頼できるケースワーカーを紹介した。ケースワーカーと話をした彼女は「自分の場合、いつでも使えると分かったら心が軽くなった」と笑顔を見せた。

 実際、彼女がその後、生活保護を活用しているのかどうかは聞いていない。しかし、個人請負での収入減をカバーできる仕事(ダブルワーク)がどうしても見つからず、追い詰められ、使える制度ももう見当たらなかった。個人請負、非正規雇用、多くの不安定雇用の労働者は長引くコロナ禍で疲弊している。

 生きることを支える制度が切実に求められているにもかかわらず、その中心の制度を使うには高い心の壁が存在する。誰が、生活保護制度を利用できなくなるほどのバッシングを行ったのか。政権与党は何の反省もない。