今月のイチオシ本


石橋克彦『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震』(集英社新書 2021年)

               

                       岡本 敏則

 


 著者の石橋克彦氏(1944年生 神戸大学名誉教授)は東大理学部地球物理学科卒業。専門は地震学、歴史地震学。原子力安全委員会専門委員も務め、多くの論文と著作(『大地動乱の時代―地震学者は警告する』岩波新書他)は専門家に引用されている。

 リニア新幹線の目的は「東海地震など東海道新幹線の走行地域に存在する災害リスクへの備えとなる。大動脈の二重系化により災害リスクを備える重要性がさらに高まった」として、寺島実郎氏も国交省小委員会で賛成した。

 石橋はこの認識は「南海地震について少しも考察を加えず、状況を理解しなかったための誤りといわざるをえない」としている。リニアとは何か、次に南海トラフ地震、リニアの危険性について見て行きたい。

 

 ◎リニア新幹線=リニアとは線状の意。正式には「超電導(超伝導とも)磁気浮上式鉄道」と呼ぶ。超電導とは、ある種の金属などをマイナス273℃(絶対零度)近くまで冷やすと、ある温度(臨界温度)で電気抵抗が急にゼロになる現象で、1911年オランダで発見された。この現象を利用したコイルを作って車両に乗せれば、大電流を半永久的に流すことができるので強力な磁石となり、路盤に磁石を並べれば反発力で車両を浮かすことができる。1972年国分寺の鉄道技術研究所で無人の実験車が世界で初めて超電導磁石とリニアモーターによる浮上走行に成功した。

 ◎南海トラフ巨大地震(政府予測M8~9むこう30年で確率70~80%)=トラフとは海溝ほど鋭くない舟底状海底凹地のこと。フイリピン海プレートと陸のプレートとの境界面はトラフ軸から北西に傾斜して深くなっているが、普段は固着しているために、陸の岩盤がフィリピン海プレートの運動に引きずられてゆっくり変形させられる。しかし(大地震後)100~200年たつと陸の岩盤の変形が限界に達し、プレート境界面の広大な領域でズレ破壊が発生し、南海トラフ巨大地震になるのである。地震時に、震源断層面の上側の陸のプレートは海側に5~10m近くせり上がり、御前崎、潮岬、室戸岬などが1~2m以上隆起する。莫大なエネルギーにより広範囲に激しい地震動をもたらし、海底の地殻変動が巨大な津波(予想高10~34m)を引き起こす。

 ◎地震時のトンネル内(全長の90%がトンネル)では=乗客1000人の一列車に複数の乗務員がいるが、JR東海は乗客の助け合いを期待している。何kmか歩かねばならず、エレベーターが故障していれば40m以上の階段を昇ることになるから、余震が続くなかで大きな混乱が予想される。トンネル内や立坑に被害があればなおさらである。立坑は、地震動が激しい地域では、浅い部分ほど表層地盤に関係する損壊が懸念される。最悪の地点では全員が地下に閉じ込められるかもしれない・

 ◎延長25kmの南アルプストンネルの場合=トンネル中央だった場合、最寄りは西俣斜坑だが、トンネルから地表までの標高差は約320mで長さは約3.5kmもある。しかも何本もの断層やもろい地層と交差しているから、強振動や地殻変動で損傷して通れないおそれがある。さらに斜坑出口の対岸の斜面が防災科研によれば「地すべり地形」で、大規模な斜面崩壊が起きて崩壊土が出口側にも乗り上げ、出口が閉ざされるかもしれない。何とか地上に出られても、そこは悪沢岳(ワルサワ岳3141m日本百名山静岡県)の大井川の支流・西俣川の標高1535mの高所である。冬季であれば雪山の世界だ。薄着でリニア新幹線から脱出した乗客が長く居られるところではない。出口から登山基地の二軒小屋(冬季は無人)まで1時間歩かねばならず、そこから大井川鐡道井川線の終点・井川駅の北方の最奥集落・小河内及び田代までは実に8時間かかる。結局救出を待つしかないが、山岳地帯で大型ヘリコプターは使えない。超広域大震災のさなか、機材・救助隊のやり繰りは困難であろう。逆に言うと、地元の静岡県の大半は震度6強~7、大津波に襲われ最悪10万人の死者が(2020年静岡県第4次地震被害想定)生じている中、リニア乗客の救助には県に非常な負担をかけることになる。

 

 石橋氏は言う。「リニア中央新幹線が南海トラフ巨大地震に対して無傷で、被災した東海道新幹線の代替として東西交通の大動脈を担って活躍するということは考えられない。リニア中央新幹線についての詳細な情報を唯一所持しているJR東海は、南海トラフ巨大地震が発生したとき実際にリニアで何がどのように起こるのかに関して、詳細なシミュレーションをおこない、結果を社会に丁寧に説明してもらいたい。それが、中央新幹線という公器を建設し営業するものの責務である」。

 

 *伊藤滋早大特命教授「来日外国人にとっては、観光であれビジネスであれ、移動中に日本の景色(特に富士山)を見るのも楽しみだろうから、ほとんどがトンネルのリニア中央新幹線が魅力になるかどうかは疑問である」。(同感)