守屋 真実 「みんなで歌おうよ」

             


 もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 

                   


 E君とは経産省前脱原発テントひろばで知り合った。自転車で走ることと音楽演奏が大好きな青年である。

 E君には障がいがあって、気持ちが高揚すると感情を抑えられなくなり、人前でも大きな声を上げてしまったりする。テントひろばの歌の時間に一緒にリコーダーの演奏をしてくれるHさんが、息子のように食事のことなど面倒を見てあげている。でも、決して知能に問題があるわけではない。原発が危険なことも、それなのに利権をむさぼる政治家や官僚が原発推進をやめないことも、事故が起きても責任を取らず被害者や避難者を切り捨てていることもちゃんとわかり怒っている。いわゆる健常者でありながら社会の矛盾に目を背け、権力におもねる人よりもずっと健全な考えを持っていると思う。
 彼には音楽が鎮静剤のようで、いつも楽器を持ち歩いている。気持ちが高ぶって怒鳴っている時にも「怒っていないで一緒に演奏しようよ」と誘うと、すぐにアルトリコーダーを取り出して演奏し、一曲が終わるときにはすっきり落ち着いている。このアルトリコーダーもHさんが買ってあげたのだそうだ。深くて暖かい音色は心が和らぎ、私もとても好きだ。驚いたことにE君は、たいていの曲を一度聴いたら楽譜なしで演奏できる。キーを変えても難なくこなしてしまう。これはやはり特殊な才能と言っていいだろう。
 9月の「原発いらない金曜行動」では、廃炉を訴えるプラカードやドラム缶を引っ張って自転車で走るピースサイクルのおじさんたちと国会議事堂周辺を何度も回っていた。他の人たちはスポーツタイプの自転車なのに、E君は普通のいわゆるママチャリで急な上り坂も遅れずに楽々と登り切っておじさんたちに感嘆され、また一緒に走ろうと連絡先の交換もしていた。原発に反対する人は、障がい者にも優しいのだ。
 集会の終わりに参加者を送り出すため「『ああ、福島』をやろうよ」と声を掛けたら、待ってましたとばかりにリコーダーを取り出し堂々と演奏した。この日は、好きなことを二つともやれて満足そうな表情だった。障がいのある人と付き合うことは時には難しいけれど、接点を見つければお互い楽しく交流することができる。
 経産省前でも、金曜行動でも、脱原発の集会に参加する人々は雑木林のように多様だ。雑木林は多種多様な木々があるから落ち葉が積もり、いろいろな昆虫や動物が集まって豊かな土壌を作る。年齢も職業も、支持政党も違う様々な市民が、同じ目的のために集い、共に声を上げるのは素晴らしいことだ。こういう運動がもっともっと広まることで、未来への希望が生まれるのだと思う。脱原発、脱炭素、そして誰もが楽しく暮らせる社会を次の世代に残したい。