暇工作「課長の一分」

           転轍機を切り替えたK君


 少数派労組組合員だったK君は暇と同期入社。仕事ができる男と自他ともに認める男だった。人付き合いも如才なく、社内外の好感度も高いと評判だった。

 彼は、暇たちとともに、長い争議をたたかいぬいてきた。彼の個性がたたかいの中で果たした役割も少なくなかった。そして争議が一段落。その機を見て彼は、少数派労組を脱退したいと言い出した。まだ三十代だったから、十分「やり直し」は効く、というのが本人の判断だったのだろう。

 「会社の中でどこまで昇り詰められるか、改めて挑戦してみたい」と、あけすけに言う。昇進のためには「少数派組合員」というレッテルなどないほうがいいに決まっている。そのとき、彼の社内的地位は課長だった。せめて「部・店長」には昇進したい。いや、なる自信がある、というのである。

 たしかに、キャリアや実力、他の人材と比較しても、彼が部長クラスに値する男であることは暇も認める。しかし、暇は「掃いて捨てるほどもいる部・店長の一人になるより、少数派労労組組合員でありながらの課長の方が燦然と輝くと思うけどなあ」と柔らかに翻意を求めたのだが、彼の決意は変わらなかった。

 そしてその顛末は、といえば、結局、K君は部・店長にはなれなかったのである(気の毒!)。会社は、結果として少数派労組の切り崩しに大きな戦果をあげたのだから、当然、K君には報いるはずというのが誰もが疑わない想定だった。K君もかなりの確信があったはずである。しかも、おのれには実力がある。忠誠+実力。かりに会社との間に確かな密約などなかったとしても、K君は自分の見通しには自信満々だったはずだ。

 なのに、この予想外の成り行きは、いったいどうしたことか。

 「会社に騙されただけさ」と冷たく突き放す人。「いや、後に続く脱退者を期待するうえからも、会社は彼を昇進させた方がいいはず。騙しのメリットはないよ」と分析する人…そのうち、会社筋の情報として「昇進目当てに少数派労組を脱退した人間をホイホイと受け入れるのは企業としての鼎の軽重が問われる」という議論があったという噂まで伝わってきた。会社にも矜持がある、というのだろうか。

 真相がどこにあったかはわからない。しかし、そのどこかには、必ず何らかの真実が様々な姿で反映していることだけは確かだろう。

 だから、虚飾に惑わされず、他者の評価を気にせず、本当の自分を信じ貫いて生きることこそ大切だと、暇は、改めて思うのである。