損保経営者は薦めそうもない本


 塚谷祐一「新型コロナウイルス感染拡大防止の情報発信に至るまで」

               

                岡本 敏則

 


 今月もCOVID―19を取り上げる。「UP」8月号(東大出版会)掲載の論考から。塚谷祐一氏は1964年生まれ、東京大学大学院理学系研究科教授。専攻は植物学、著書に『森を食べる植物』(岩波書店)などがある。

 

 ⦿時系列

「日本政府が海外からの来日規制を本格化し始めたのは、習近平中国国家主席の来日が延期と決まった3月5日以降からである。しかしその時はすでに国内各地に感染者は定着し始めており、北海道での感染者急増とそれに伴う外出禁止、3月6日の北海道大学での後期入試の中止といった事態をはじめ、感染拡大とそれによる影響の深刻化は誰の目にも明らかになっていた。

 その後政府は、3月6日、19日と、水際対策を強化していったほか、夏のオリンピックも延期と決まった3月24日以降は、さらに政府は外国からの入国への制限を矢継ぎ早に厳しくしていった。しかしタイミング的には後手に回った感が強かった。

 政府の対策会議も当初(1月30日)は総理、官房長官、厚労相、その他の全ての国務大臣からなる『新型コロナウイルス感染症対策本部』だった。感染症の専門家が集められ、『厚労省対策専門会議』が設立されたのは、ようやく2月14日になってからである。この専門家会議による『状況分析・提言』は3月19日に公開。この間にも東京都での感染は日に日に増え続けていったため、オリンピッ延期が決まって翌々日の3月26日には、都は隣接する神奈川、千葉、埼玉、山梨の4県でも住民に不要不急の外出の自粛を求めるよう協力を呼び掛けるに至った。そして同日、ようやく政府にも『政府対策本部』が設立されたのである。これが、今回の事例の背景として起きた出来事の時系列である。」

 

 ⦿シン・ゴジラ

 「余談だが、2016年の映画『シン・ゴジラ』(樋口正嗣監督)では、様々な法的制約㊟から、そう簡単には脅威に対する対抗策を打ち出しにくい歯がゆさが描かれていて、ゴジラが出現すると直ちに攻撃、というわけにはいかないリアルさが話題になった。それと比べてみると本当の現実はさらに歯がゆく、動きが遅いものだというのが今となっての感想である」

 ㊟自衛隊の出動は⑴治安出動⑵災害出動⑶防衛出動。対ゴジラにはどれが当てはまるのか。⑵では武器の携行は不可。⑶にしてもゴジラは怪獣であり国家ではない、「敵国」と認定できるのか、と喧々諤々の末、超法規的に戦後初の「防衛出動」が発動された。(岡本)   

 

 ⦿東京と地方

「この頃、私自身が大学の同級生や科研費の関係者と連絡を取り合っている中でも、東京都その他の地域とでは、かなりの温度差があるのを感じていた。どうやら全国ニュースで大変だと騒げば騒ぐほど、他地域は醒めていたようだ。東京一極集中のなかで、東京だけを守ろうと大騒ぎをしていて、そのせいで地方が犠牲になっている、というのがその頃の認識だったらしい」。

 

 ⦿PCR検査とマスメディア

「当初感染者の確定に用いられたPCR検査について、ほとんど理解されていなかったらしいことである。そもそもPCRが何なのか、コロナウイルスを扱うためだけの特別な技術なのか、新型肺炎の治療法の名前なのか、ウイルス検出なのか、そういったごく初歩的なところから、初見の言葉のように扱っている記事がいくつも出ていた。たとえば朝日新聞の3月30日付記事『新型コロナ、PCR検査ってどうやるの?記者が訪ねた』など。DNA型鑑定、ゲノム診断もすべてPCRによってなされている。コロナウイルス騒動になって初めて。マスメディアがPCRとは何かを説明し出したという現象、これはマスコミ媒体における科学リテラシー(認知)向上の努力が、それまでまったく足りていなかったことを如実に示すものだ。欧米のTime誌やNews Weak誌の科学記事は、その点、平時においても常に、いまを理解するための科学用語をかなり深いところまで解説してきた。事件にならないと身近な科学の言葉すら説明しようとしない、日本のマスコミュニケーション媒体の大きな問題である。