「黒い雨」判決と控訴


守屋真実

もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 


 7月29日、広島地裁は「黒い雨」訴訟の原告84名の請求を認め、全員を被爆者と認めるという画期的な判決を下した。75回目の原爆忌を前に、本当に喜ばしいことだった。

 ところが、喜びも束の間、厚労省、広島県、あろうことか広島市までもが判決を不服とし控訴した。これまで県と市は、原告の主張を支持する姿勢をとってきたのに、国の圧力に屈したとしか思えない。この訴訟5年間に16人もの原告が無念の思いを抱いたまま他界したのに、「もうひと踏ん張りしてほしい」などと言う松井市長の平和宣言は何だったのか。

 あまりに腹が立つので、19日の総がかり行動用に『「黒い雨」訴訟控訴を取り下げよ』と達筆な義兄にしたためてもらった。(写真)

 

 当日、これを見た友人と書道の話になった。私が「60歳になって退職したら、書道の練習をしたいと思っていたのに、そんな時間は全くない」と言ったら、彼女は「今の時代、ちゃんとした仕事をしていない人は、60歳で退職なんてできないわよ」と言う。「じゃあ、障害児福祉は、ちゃんとしてない仕事なわけ!?」と私。

 もちろん彼女は、公務員や大企業の正規採用の処遇を指して「ちゃんとした仕事」と言ったのだが、大企業で働いて高収入を得ていたとしても、過労死ラインまで働かされたり、パワハラで心を病んでしまうようでは「ちゃんとした仕事」とは言えない。私の概念では、職種や勤務先に関わらず週5日、一日8時間程度働けば生活できるばかりでなく、子どもを育て、余暇を楽しむ経済的余裕があり、上司に気兼ねなく年次有給休暇を100%消化でき、産休・育休・介護休暇などを必要に応じて取ることができ、人間らしい誇りをもって働けるのが「ちゃんとした仕事」だ。今の日本で、どれだけの人が「ちゃんとした仕事」に就いているだろうか。さらには、これから世界的コロナ不況が起きることは確実だ。すでに有楽町の交通会館地下ホールで、大きなカバンを足元にうなだれて座っている人が増えた。池袋駅構内でも、地べたに寝ている人を複数見かけた。誰もが明日は我が身かもしれないのだ。政権支持率は下がり続け、市民の不満はかつてなく高まっている。

 だからこそ、政府は「黒い雨」訴訟原告に勝利させたくないのだと思う。一つの運動の成功が、他の運動を勇気づけ、さらに多くの人々が立ち上がることを恐れているのだ。連帯して闘えば社会を変えられるということを市民に確信させたくないのだ。それだけ政府も追い詰められている証拠だ。被爆者運動も、フクシマも、辺野古も、労働者の権利も決して個別の問題ではない。政治を変えるまで、十も百も踏ん張ってやろうじゃないか。

 

 今月19日は戦争法成立から丸5年になり、各地で様々な取り組みが行われる予定だ。コロナと熱中症に注意しつつ、各自ができることをやろう。断末魔のアベ政権にとどめを刺そう。「怒りの葡萄」は実り始めている。