松久染緒 随感禄


    「駐留米軍は本当に安全保障に役立つのか 

              

 米国の前大統領補佐官ジョン・ボルトン氏の回顧録「それが起きた部屋」…大統領執務室いわゆるオーバル・ルームのこと…が出版され、世界中で大騒ぎになっている。

 トランプについては「大統領にふさわしくない」「一期だけの大統領として歴史に記憶されることを願う」とぼろくそだし、安倍首相にイランとの仲介を依頼しておきながら、失敗すると日本に米国農産物をもっと買えという。米朝会談は非核化交渉が目的でなくパフォーマンスのみ、中国の習近平には自らの再選の支援を依頼するなど、公益と私益を区別できない、場当たりと打算のトランプ大統領の本質を鋭くつき、最終的には切り捨てている。

 本書のなかで我が国にとって一番の問題は、2019年7月来日時に、ボルトンが谷内国家安全保障局長に「日本が現在負担している米軍駐留経費25億ドル(2700億円)でなく年間80億ドル(8600億円)をトランプが求めている理由」を説明したというところだ。その際「米軍全面撤退」を脅し文句にして負担に応じるよう求めたというのだ。

 これに対し日本政府は、「駐留経費の話はない」防衛相、「要求されたと受け止めていない」外務省、「回顧録の内容にいちいちコメントしない」官房長官とすべてかわし、重要な議論にまともに対応せず逃げている。

 

 そもそも日本(総面積38万㎢)における米軍基地は、313㎞²で、うち75%が沖縄県にある。そして陸海空軍(軍属、家族含む)を合せて本土に49千人、沖縄に45千人(うち海兵隊16千人)計95千人の兵力が駐留する。その米軍駐留経費(いわゆる思いやり予算)は、2700億円どころか基地周辺対策費、用地賃借料を含めて米軍駐留経費の70%をカバーし、6500億円以上を負担しているのが現実だ。その米軍は、湾岸戦争の時には、横須賀を母港とする米第七艦隊の空母に加えイージス巡洋艦18隻がペルシャ湾に派遣され、全部で288発もの巡航ミサイル・トマホークがイラク軍を壊滅させた。米軍の極東の安全保障割合は30%未満との議論もある。この際トランプの脅しに乗って米軍に日本から全面撤退をしてもらったらどうか。そうすれば313km²もの基地が返還され、毎年6500億円の税金が助かる。トランプは米軍撤退で脅そうとしているが、実は全面撤退してアジア太平洋戦略上一番困るのは、当の米国である。なぜなら「日本は他の同盟国よりずば抜けて多額の受け入れ国支援を行っており、高額支援のおかげで日本は米国内を含めて世界で最も安上がりの場所になっている」(1992米国防総省、アジア太平洋戦略の枠組み)し、「米国内に置くより日本に軍隊を駐留させるほうが安上がりになる」(1995ロード国務次官補の下院証言)からだ。

 日米安保体制と自衛隊とで日本の安全を守るべきだという世論が70%近いもとでは、ただちに米軍が全軍撤退することは現実的ではないが、仮にその場合、中国、ロシア、北朝鮮からの脅威にいかに対処するかの課題が残る。

 中国が軍備を増強するのは、何といっても米軍が沖縄にいるからで、世界の覇権を求めてそれに対抗するためだし、財政難のロシアが我が国を侵略することは考えにくい。健康不安を抱えつつも空元気の北朝鮮がミサイルを連発するのも、すべて米国に交渉応諾・経済制裁解除・体制保障を求めてのあがきに他ならない。米軍がいなくなれば極東に新たな秩序が生じるだろう。

 

 実は米軍は、冷戦終了以降、財政負担が厳しい中、議会の要請に応じて常に沖縄の海兵隊は必要か、戦力配置は妥当かなどを検討している。大幅な米軍削減やグアムへの撤退など先方の提起を現状維持のため引き留めているのは、外務省など日本側だ。その結果、駐留経費も負担増となっている。

 なにかと問題が多い日米地位協定についても、同第2条3には米軍基地の返還義務について「この協定の目的のため必要でなくなったときは、いつでも、日本国に返還しなければならない」と明記する。日米安全保障条約は10年で期限が到来し都度更新する仕組みだ。政府による拡張解釈の集団的自衛権、イージスアショアを廃棄する代わりに敵基地攻撃能力云々を議論するのは、中国をはじめ東アジア全体に新たな脅威をもたらしかねない筋違いの話だ。

 この際、米軍抜きで我が国の安全保障体制をいかに構築するか、本音の議論が求められているのではないか。