二藤新一郎「損害調査秘話」③

               猫ちゃん三匹


  夕方7時ころ、道路幅4メートルほどの商店街を時速40キロで走行していた契約車両が、突然、運転を誤って左側のまだ開いていた食料品店に突っ込んでしまった。幸い、けが人はなかったが、店の商品などが損害を受けた。店舗側に過失などあるはずもなく、損害査定に若干の時間がかかったものの、示談はすんなりとまとまった。

 問題は運転を誤った原因である。運転手の説明は「猫が飛び出してきて、それを避けようとして急ハンドルを切ってしまった…」である。あり得ることだ。そのことを事故書類に書き入れて一件落着である。

 ところが、昼食時の同僚との雑談で「猫の飛び出し」の話をしたところ、その同僚が驚いたようにこういうではないか。「えっ!猫?私の扱っている事故も原因が猫なんですよ」

 猫が二匹出てきたくらいで驚くことはないが、続いて三匹目が現れると偶然という気がしなくなる。二人の会話を聞いていた女性の損害調査社員が「少し前のことですが、わたしの担当案件でも猫原因というのがありましたよ」と割り込んで来たのだ。以下は彼女との会話である。

 「場所によっては猫の飛び出しが多いところもあるだろうけど、それにしても、直近で三件は多い…」と私。

 「私思うんですけどね。猫は理由として使われやすいんじゃないでしょうか。運転中にフッと集中心を失って、ハンドル操作を誤ってしまう。そして原因を追及されて、つい、猫のせいにするってことはないでしょうか?不可抗力を主張できるし、猫には反論もできないし…」

 「それはあり得るかもね。猫は人間と生活空間が共通しているしね。事故には繋がらなかったとしても、猫でヒヤッとした経験なら、誰でもあるし。それを思い出して…つい」

 「でも、この場合、保険金支払いに影響するということもなさそうだから、あえて、猫に原因を押し付けるほどのこともないと思うのですが」

 「でも、猫は気にしないから…」

 「それにしても、猫三匹ねえ。どの猫が本物で、どの猫が架空の猫かわからないけど…」

 「いや、三件とも本当に猫が絡んでいたのかもしれないし」

 「それなら、もうオカルトの世界だわ」