損保経営者は薦めそうもない本


 川島真『新型肺炎の「衝撃」と中国』-「UP」6月号

               

                岡本 敏則

 


 中国の全人代(全国人民代表大会)がCOVID-19の影響で2カ月遅れの5月開催された。

 今月は『UP』(university press 東京大学出版会)6月号に掲載された川島真東大教授(1968年生 アジア政治外交史 著書に岩波新書『中国のフロンティア』他)の論説を紹介する。

 

 「感染症の拡大は一面で近代という時代を映し出す鏡ともなり、また時代を形づくる動力となったともいえるだろう。21世紀に入って生じた、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、そして今回のCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大も、世界が新たなグローバリゼーションの時代を迎えていることや、中国を含むいわゆる振興国の台頭と関りがあるのであれば、昨今の感染症とそれを取り巻く状況がそのような新たな時代への変容過程の一コマであるかどうか、という問題意識も生まれよう」。

 「中国の新型肺炎対策における特徴は、ある意味で基本的人権や民主主義的なデュープロセス(適正手続き)を必ずしも踏まずに、外部との交通路をも遮断する厳格な都市封鎖を敢行した(できた)ことである。これには、都市の末端行政機関である街道弁事処の指導を受けた居民委員会や、かつての「単位」である各職場の組織的な相互監視、管理、そして民兵組織などの動員によって実施された。また、携帯電話端末による個々人の行動管理や、ビッグデータなどが活用された。一部は民主主義国家でも可能であるが、中国の政治体制が可能にした方法も少なからずある。これは、習近平政権にどの程度の動員、社会管理能力があるのかということを如実に示す機会ともなったのであり、こうした危機に対する能力という意味で、中国のような政治体制の国の方が民主主義国よりも肯定的に捉えられる可能性があるのではないか、との問いが提起されたともいえる」。

 「そして、興味深いのは、この新型肺炎問題の過程で中国は国際場裏におけるいくつかの問題に関して現状変更を図っている点だ。その一つが既述の国際標準をめぐる問題だ。チャイナ・スタンダードが感染症対策に有効な方法として広がるのか、また先進国の主導する国際協調主義が機能し続けるのか、それともその機能低下の狭間で、まさにニッチ(隙間)に食いこむように、中国が新たな国際協調主義を掲げてチャイナ・スタンダードを広めていくのか、ということである」。

 「中国政府は4月19日、南シナ海の島嶼や海底地形について新たな名称を発表した。これはこれまで命名されていなかった場に名を付与するものであった。これに相前後して、国務院は海南省三沙市が南シナ海の西沙諸島に西沙区を、南沙諸島に南沙区を設けることを認めた。これに周辺国は抗議しているが、中国政府は南シナ海の島嶼に対する行政権の行使を既成事実化する動きを緩めないだろう」。

 「国際協調主義を中国が補完したり、先進国が提供できなくなった国際組織の経費を中国が補填したりすることは否定し得ない現象であり、それを先進国が批判しても、開発途上国や国際組織は中国との関係を大切にするであろう。新型肺炎をめぐる情勢は依然予断を許さないが、もしこれが次第に収束していくとすれば、中国はもとより、様々な主体が『ポストコロナ』の世界を予測し、そこでの立ち位置を有利にするため様々な駆け引きを繰り広げるであろう。そこでは、それぞれの主体の意図と能力の問題もあるが、どれだけの支持を国際社会から得られるかということが、重要なファクターになると思われる」。