北健一「経済ニュースの裏側」


             ウオッチ・ドッグ  


 水道料金を滞納した住民を町が訴え、水道料金と延滞金、計607万円を払えという判決が出た。払えないため、自宅と会社、その敷地が競売されそうになっている。

 長野県富士見町による、提訴から強制執行に至る手続きに、おそらく違法性はない。だが提訴時、水道料金の時効は2年だった(現在は新民法施行で5年)。時効は債務者(支払う側)が主張しなければ援用されない。町も裁判官も、住民の男性に時効のことを教えなかった。

 男性はアルミ鋳造会社を経営。金型や機械を冷やすため、大量の水を使った。税金は遅れながらも納めてきたが、長野県地方税滞納整理機構は、同社の発注元(第三債務者)にまで差し押さえをかけたため発注は途絶え、会社は倒産状態に追い込まれた。

 以上の経過は、「水道料金14年分、支払い命令 町は時効教えず…」という見出しの朝日新聞長野県版(6月1日付)記事で知った。 富士見町にも言い分はあろう。だが、広く深い取材をもとに書かれた記事は、「自治体の仕事とは何か」を私たちに問いかける。男性が納税に努めてきた経過をみれば、ほかにやり方があったと思える。少なくとも町は、真摯(しんし)に話し合うべきだっただろう。

 折しも、東京高検検事長と新聞記者、新聞社社員との賭け麻雀が批判を浴びた。読者・市民の疑問は、出来レースのような首相会見とも相まって、当局者と記者との距離感に向けられている。権力を監視する番犬(Watch Dog)であるべきメディアが飼いならされたポチになっているのではないか、との不信だ。 水道代の記事を書いた依光隆明さんは高知新聞記者時代、高知県庁の闇融資事件を調査報道した。朝日新聞に転じては特報部を率いてスクープを連発した。依光さんが特報部のドアに「脱ポチ宣言」と掲げた逸話は、今も語り草だ。 福島第一原発・吉田調書報道の取り消し以降、その特報部に往時の勢いはなく、状況は困難を増している。

 それでも、賭け麻雀などしなくても取材はできるし、志を捨てなければポチでない報道はできる。身近な権力をウォッチし、必要とあらば嫌われても吠える。そんな記者の役割を、改めて教えられた。