真山  民「現代損保考」


      テレワークと「つながらない権利」
                              

                   自宅勤務中の社員


 新型コロナウイルス禍を奇貨として、安倍政権と政府の専門家会議が「新しい生活様式」の一環として提言した「働き方のスタイル」の柱が「テレワーク」である。ほかに、こんなことも提言している。①ローテーション勤務、時差勤務でゆったり、②オフイスは広々と、③会議はZoomなどによるオンラインで。

 

 日本の企業約421万社のうち、大企業はたったの12,000社(0.3%)、中小企業が約420万社(99.7%、うち小企業が約366万社、86.9%)という実態を考えれば、仕事もテレワークになじまず、ICT(情報通信技術※注)インフラも満足に敷けていない中小企業の存在を無視したかの提言に思える。しかし、安倍政権には思惑がある。それは、コロナ禍に便乗し、「新しい生活様式」に定めた「働き方のスタイル」を推進することで、労働者を今まで以上に企業に縛り付けられるという支配の強化である。

 

 日本のデジタル化は確かに遅れている。スイスのビジネススクール・国際経営開発研究所(IMD)が昨年出した「世界デジタル競争力ランキング」によると、日本の順位は前年よりひとつ下がり23位、韓国・10位、台湾・13位、中国・22位より下回っている。

 そんな実態を踏まえて、経団連は「新型コロナウイルスによって日常生活で制約を感じている今こそ、デジタル技術で社会を変える“デジタルトランスフォメーション”に取り組むべき」という提言を行い、中西会長は「非常事態になって日本流の事務手続き、公的手続きの限界がはっきりした」と強調している。

 

 目を転じて日本の金融や生損保業界は、フィンテック(金融とテクノロジーの融合)、インシュアテック(保険とテクノロジーの融合) という言葉にあるとおり、IT(情報技術)やICTになじみやすく、テレワークや在宅勤務は他産業に先駆けて推進してきた。

 「仕事は会社で行うものという既成概念をなくし、仕事の生産性・効率性をより重視する働き方を推進するとともに、大規模災害等で職員が出社困難な場合においても、お客さまへのサービスの提供を継続できる態勢を構築する」ことを目指すとして、損害保険ジャパンが「在宅勤務の本格的導入」を打ち出したのが2012年。三井住友海上が在宅勤務の制度を設けたのは2013年である。それでも、当初は「本当に業務の効率化に効果があるのかわからず、顧客情報の漏洩の危惧もあって、社内全体が消極的であった」という(荒木裕也・三井住友海上働き方改革推進チーム課長)。

 ところが、三井住友海上は在宅勤務制度のトライアル実施後1年間で、288名のアンケートのうち、①職場に迷惑がかかるという不安65%→79%が支障なし、②自宅では仕事に集中できないという不安38%→90%が支障なし、③在宅できる仕事・適した仕事がないという不安30%→86%が支障なし、④社外の人に迷惑がかかるという不安36%→86%が支障なし、と回答している。

 そして、2017年には「テレワーク先駆者100選」総務大臣賞、「働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」最優秀賞(厚生労働大臣賞)など、政府や東京都、日経の主催する表彰制度で受賞を果たしている。

 

 だが、新型コロナウイルス禍を契機としたテレワーク、遠隔診療、オンライン教育、テレビ会議などを駆使した「ニューノーマル」(新しい日常)の到来を唱導している日経でさえ、三井住友海上の先駆的な取り組みを評価する一方、青山学院大学の細川良教授の以下の指摘を伝えていることは重大だ(日経電子版2019年8月20日「普及するテレワーク 生活との境界、線引きに課題」)。 

 

 ICTの発展による、スマートフォンやパソコンの普及は、どこでもいつでも会社や上司とつながっている状態を生み、仕事と私生活の区切りをあいまいにしました。「つながらない権利」とは、勤務時間外はこうしたつながりをシャットアウトして構わないとする権利のことです。フランスは労働法を改正し、『つながらない権利』に関する規定を設け、2017年から施行し『つながらない権利』を実現するために労使で協議して協定を結ぶことなどを定めました。

 

 フランスに比べれば、はるかに労働者の権利も労働組合の力も弱い日本では、テレワークによって、労働者が四六時中会社や上司とつながることを強いられる危険がおおいにある。そのことを念頭にテレワークを注視していかなければならない。 

 

※注 ICTとはPCだけでなく、スマホやスマートスピーカーなど様々な形状のコンピューターを使った通信技術の総称。よく知られた言葉に「IT(情報技術)」があるが、ICTはITにコミュニケーションの要素を含めたもの。