松久染緒の「随感録」


             孔子が泣いている  


安倍首相の出身校である「成蹊」は、「桃李もの言わざれども下おのずから蹊を成す」から取っている。この格言の意味は、モモやスモモは、黙っていてもそのおいしい実を取りに来る人々が踏むため、木の下には自然に道ができる。すなわち立派な人は、特段発言しなくてもその人柄をしたい教えを乞うため、自然に弟子や賛同者が集まってくるということだろう。しかし古代はいざ知らず現在では、自らの信ずることや主義・主張は、わかりやすく説明しなければ、他人にはわからないし、従って正しいかどうかの評価や判断はできない。むしろ「桃李はモノ言うからこそ道ができる」というべきであろう。

「森友・加計・桜を見る会」における国民的疑惑について一切説明せず、国会答弁は破綻し、証拠を開示しない態度は、モノを言わなければ道ができると勘違いしているのではないかと思わせる。

「巧言令色少なし仁」という言葉がある。言葉巧みにものごとを説明したり表情たっぷりの人にまともな人は少ない、ろくなものはいないという意味だ。先の格言と違って、自分の考えを説明・主張するとしても、その主張の仕方によって、発言者の人格が測られるということになる。「津波や原子力の被害から見事によみがえった土地を聖火ランナーが走る姿は日本のみならず世界に勇気を与えることとなるでしょう」まさに燃料棒が融解した原子炉事故の恐ろしさが少しもわかっていないどころか、世界を相手に「原発の状況はアンダーコントロール」と大見え(うそ)を切ってオリンピックを招致(延期になったが)した安倍首相ならではの発言がこれにあたるだろう。

「政を為すに徳を以ってすればたとえば北辰のその所に居て衆星のこれをめぐるが如し」ということばが論語の為政編にある。その意味は、徳をもって政治を行えば、北極星が中心にいて星々がその周りを回るように天子の意向が周知され、社会は自然に治まるというところか。ところが景気浮揚につながらない日銀の極端な量的質的な金融緩和、株投信まで買わせ含み損に至る景気対策、自分と親しい右翼的人物をNHK経営委員に任命、特定秘密保護法、集団的自衛権の拡張、検察官の定年延長、直近の新型コロナウイルスにかかる緊急事態宣言など。まるで反対されることを無理に押し通すのが今までの政治家より立派なことを進めていると自分で思い込んでいる、勘違いの徳政に執着する安倍政治のありさまだ。孔子が泣いている。