今月のイチオシ本


 古矢 旬『グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀』(岩波新書)

 

               

                岡本 敏則

 


 今回は古矢旬氏(1947年生まれ 東京大学&北海道大学名誉教授 アメリカ政治外交史)の著書を紹介する。

 本書は『シリーズ アメリカ合衆国史』の④。アメリカ大統領選挙は11月3日に投票が行われ、11/20日現在でバイデン7866万票、トランプ7310万票を獲得、選挙人はバイデンが306人、トランプが232人を獲得し、過半数270人を超えているバイデンンの勝利のはずだが、トランプは自らの敗北は認めていない。まさに国を二分する事態。古矢氏は1973年から現在に至る大統領選挙を分析し、なぜトランプのような大統領が生まれたのか、アメリカという国の現状を解き明かしていく。本書は今年の一押しである。

 

 〇アメリカの宗教界=プロテスタント主流派教会のエリート主義、文化的な寛容や世俗的リベラリズムとの妥協的姿勢に飽き足らない原理主義的な福音派を中心とする宗教右派が大きな力を持っている。ダイレクトメールやテレビ説教を活用して、草の根保守化を推進してきた。福音派キリスト教徒は、政治的には今日まで一貫して共和党の強い支持基盤だ。

 

 〇移民問題=シリコンバレーでは、1995年から2005年の間、新規企業の52%が「技能労働者枠」の移民によって設立され、2017年には米国主要企業500のリストのうち、40%を移民エリートによって占められた。同じ時期、分野横断的な反移民連合が形成されていった。反自由貿易派、反グローバル化派、経済的・文化的ナショナリスト、環境保護論者、労働組合員、白人優越主義者などが一致して移民排斥の論陣を張った。1990年代の中葉までに、現在まで続く移民問題をめぐる政治社会的対立の基本構図が成立した。

 

 〇経済・多文化社会=新自由主義的なグローバル化が進展してゆくにつれ、アメリカ社会は上下に引き裂かれていった。上層にはグローバルな金融世界に精通した多国籍的なエリートたちが君臨し、その底辺にはエリートの都市生活を支える低賃金サービス業に従事する第三世界からの(不法)移民や没落した中産階級の失業者やホームレスが蝟集した。経済的格差や分断と並行して、社会的、文化的にも深刻な亀裂を呈していった。人工妊娠中絶、女性の権利、同性愛者の市民権、銃器規制、など多様なマイノリティーズの権利主張は、自らがアメリカの主流に属することを疑っていなかった広範な白人や男性、宗教右派、極右、人種差別主義団体の対抗運動を刺激した。彼らは、文化的自由主義との対決姿勢を固めていった。

 

 〇産業社会=アメリカの中心主産業―繊維、自動車、電器、鉄鋼、石炭など―を担い、強力な労働組合によって政治的発言権を確保し「黄金時代」のアメリカ経済を牽引してきた白人労働者階級は、グローバル化、IT時代の敗者となった。急増した移民労働者(不法移民も)により白人労働者の雇用は大きく奪われた。加えてかつては中堅労働者を代弁し、強力な社会的ネットワークのうちに彼らの利益と生活を守ってきた労働組合も80年代以降弱体化を余儀なくされた。組織率は1980年の20%から2004年には8%へと下落していった。かつてアメリカ中産階級社会の中枢を担った白人労働者が、今や没落階層とみられるに至った。  

 

 〇トランプ=アメリカの市民社会に鬱屈する社会的不安や経済的不満や人種的対立感情に過激なレトリックをもって訴えかけ、これらを煽ることによって熱狂的な支持を呼び起こした。どのような社会経済問題のどこを押せば、どの層がどれだけ興奮するか、彼はテレビで鍛えられただけに抜群のセンスを発揮した。トランプの登場は、格差社会の深刻化を長く放置してきたワシントン政治のエリート主義に対する広範な民衆の不満と怒りの噴出であったといえよう。

 

 〇#Black Lives Matter運動=メディアでは「黒人の命も大切だ」と訳されているが、古矢氏は「黒人の命を軽く見るな」と訳している。こっちのほうが正しいだろう。この運動も、あらゆる形のヒエラルキーや制度化されたリーダーシップを疑い、民衆の抗議や抵抗の意思を自らの権力基盤に引き入れようとするいかなる政治的な画策も拒絶する大衆運動として展開されている。