北健一「経済ニュースの裏側」


          菅首相が信奉する中小企業淘汰論 


 菅義偉氏は、官房長官時代から、民間人と食事しながら議論することを重視してきた。その習慣は、首相になってからも変わらない。 

 9月25日朝は東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」内のレストラン「オーキッド」でデービッド・アトキンソン小西美術工藝社社長と1時間ほど会食した。

 投資銀行ゴールドマン・サックス出身のアトキンソン氏は菅首相のブレーンで、日刊工業新聞は「首相はアトキンソン信者」という経産省幹部の言葉を伝えている(ニュースイッチ、9月20日配信)。

 気になるのは、アトキンソン氏が中小企業淘汰論者であることだ。「企業の規模が小さいほど生産性が低くなるというのは、世界中で確認できる経済の鉄則です」とし、「永遠に成長しない中小企業は、国の宝どころか、負担でしかない」と断じる(東洋経済オンライン、3月27日配信)。

 ここからアトキンソン氏は中小企業の数を減らして大企業、中堅企業に集約すべしと説くのだが、首をかしげざるを得ない。現実はそれほど単純でないからだ。

 経営規模が大きくなるとコスト効率が良くなることを「規模が効く」と言うが、規模が効くかどうかは業種によってかなり違う。経営共創機構CEOの冨山和彦氏は、多数の事業再生を手掛けた経験から、「組織が大きくなり、商品数、顧客数、拠点数が増えると、調整コストが余計にかかり、ほとんどの場合、むしろ『規模の不経済』が働く」と指摘する(『経営分析のリアル・ノウハウ』PHPビジネス新書)。会社が大きくなれば生産性が上がるという「鉄則」は、根拠薄弱な思い込みに過ぎないのである。

 不公正取引にもとづく中小企業からの価値の移転が、「大企業の高生産性」を支えている面があることも見逃せない。

 菅首相は、中小企業政策の基盤である中小企業基本法の見直しに言及した。コロナ禍で苦しむ地域の中小企業を見捨てれば、生産性が上がるどころかサプライチェーンが寸断され、大企業も困る。何より雇用が失われてしまう。

 「オーキッド」で出るアメリカンブレックファストのお値段は3500円だ。地域経済の実情は、たぶん、そこからは見えない。