松久染緒「随感録」


             新政権のお手並み拝見

 日本に360万ある企業数のうち、中小企業は99.7%を占めており、日産、トヨタ、三井、三菱、住友などの大企業はわずか0.3%である。従業員一人当たりの付加価値額を示す「労働生産性」は、大企業585万円、中堅企業326万円、小企業174万円であり、企業規模に比例する。世界では日本の労働生産性は、主要7か国で最低、米国対比で6割、OECD加盟36か国中、21位と低迷する。中小企業の低生産性が日本経済の足かせとなっている。

 デービッド・アトキンソン(オックスフォード大日本学科卒、もとゴールドマンサックス共同出資者、アーサーアンダーセン、ソロモンブラザース金融アナリスト、現在、国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社長)氏によれば、

・日本の中小企業の数は、140万~150万社が妥当、社員数を現在の平均41人から先進国平均の100人にすれば生産性は飛躍的に伸びる。

・平時に適切に貯金せずコロナなどの有事に国に助けてくれというは自分の都合だ、短期はともかく長期的には産業構造の改革が必要だ。

・赤字の中小企業(先端技術なし、輸出なし、サービス残業、低賃金、そのくせ最低賃金引き上げには猛反対)は、成長せず、納税せず、これらの企業を優遇すべきでない。

・平均年齢60歳、3人しかいない会社をデジタル化しても生産性は上がらない。

・半数以上が勤める質の高い中堅企業を育成し、労働力の受け皿にすればよい。そうでない企業はM&Aで淘汰すればよい。 

・改革すべきとの論理と証拠を目の前に示されても目をそらす経営者は、切るべきだ。

・800万円もの接待飲食費の損金計上は、公私混同だ。赤字の7年繰り延べも優遇しすぎだ。

・巨大複合災害の恐れを目前にし、破綻と隣り合わせの地震大国がGDP200%以上もの借金を抱える恐ろしい現実をもっと直視すべきだ・・・と。

 

 さすがに元投資銀行出身者らしい投資効率を追及する立場からの指摘ではあるが、結果責任を問われる経営者はともかく、従業員の雇用や、災害対策その他、全般的なセーフティーネットの不十分な現状に鑑みれば問題なしとしない。菅新総理は中小企業の統合・再編を促進すると表明しているが、抵抗を排除してどこまで経済の構造改革を実行できるかお手並み拝見だ。

 一方、第二次安倍政権下(13年度から18年度)で、法人税を政策的に減税する租税特別措置で、6兆円減税された。うち資本金100億円超の巨大企業が総額3兆8000億円(63%)もの減税を受け、資本金1億円以下の中小企業は20%、中堅企業(1億円超10億円以下)は、6%だった。利益に対する18年度の法人税の割合(負担率)は、中小企業は18%、中堅は20%に対し、巨大企業は12%にとどまる。本来法人税は利益の23%を支払うことになっており、巨大企業ほど税金を支払っていないことになる。アベノミクスの狙いが透けている。

 ところで、政府系(100%出資)の日本政策投資銀行が、5月コロナ禍で資金繰りが悪化した企業に対する「危機対応融資」で日産自動車に1800億円を融資し、うち8割の1300億円が政府保証付き(日本政策金融公庫による損害担保)であることを朝日新聞がスクープ(9月7日朝刊)した。政投銀の同融資は計147件で、政府保証付きは日産の1件のみ。日産は、2000年のゴーン社長就任後は霞が関からの天下りを受け入れていないが、18年6月に元経産省大臣官房審議官を役員に迎えた。ゴーン事件の調査時期でもあり政府のバックアップを狙った天下り人事とみられても不思議はない。

 日産本社や多くの下請け企業は菅新総理の選挙区だ。2010年のJALの破綻時には政府保証分が損失となった例もある。日本を代表する大企業とはいえ、最終的には税金負担リスクのある政府保証を日産になぜつける必要があるのか、その理由・判断根拠を説明する必要があるだろう。

 政策的な超低金利下、そうでなくとも地方銀行は人口減少と収益低下で軒並み経営が厳しくなっている。ところが菅新総理の「地方銀行は将来的には数が多すぎる」「再編も一つの選択肢」との発言(9月2,3日)を受けて市場は地銀再編を先取りし、株価が上昇している。菅新総理と昵懇の仲といわれるSBIホールディングの北尾吉孝氏が、地方経済の活性化というお題目で地銀糾合を唱えていることと何か関係があるのかどうか。

 また菅内閣ではデジタル担当相が新設さたが、昔から行政のデジタル化の推進を唱え、菅新総理と昵懇なのが、あの竹中平蔵氏だ。きな臭い感じが否めない。

 気を使って前首相の弟や家庭教師まで入閣させ、自分が秘書を務めた議員の息子まで登用する新内閣だ。新政権の政策が前述の人脈に基づくのであれば、お友達には便宜を、ひれ伏す官僚には昇進を、批判には「こんな人たち」と攻撃し、不都合な事実は徹底的に否定、改ざん、廃棄して嘘を本当にしてしまう前政権と何ら変わりがない。