当世損調事情

身を切る「約束撤回」

                                                                                                                      杉野 晴夫


 

予断と偏見はいかなる場合でも許されない。しかし、それをやってしまったのが、その時の私だった。「契約者S氏の乗用車と並走していた二輪車が接触、二輪車は転倒し運転していた16歳の少年が骨折入院」という一報が入った。入院1か月、全治10か月という傷害だった。

 

少年を案じる母親と病院で顔を合わせた。私は「治療費の本人負担分と、休業補償費は大丈夫です」と請け合って、内払として10日分の治療費とガソリンスタンド勤務の少年の1か月分の賃金に相当する休業補償を支払うことを約束した。

正直そうな被害者と、優しそうな母親の姿に心が動いたからだが、なにより、どう転んでも過失割合は7・3くらいだろうと踏んでいた私の判断があった。

 

ところが調査会社によれば過失割合は「100・0」という。被害者側に100%非があるというわけだ。これは、被害者が退院してから警察の見分に立ち合って確認されたことでもあった。二輪車の方が乗用車の左側を無理に追い抜こうとして壁にぶつかったというのが真相だった。

 

通常なら現場調査や警察の見解を聞くという手順を踏んでから被害者との話し合いに入るのだが、この案件に限ってその手順を怠ってしまった。被害者側の母一人子一人という家庭事情に、私の少年時代を重ねてしまったのが、早とちりの原因だろう。涙を呑み、恥を忍んで、母親に「約束撤回」を通告したのだが、母親の悲痛な恨み節に独りよがりの安易な同情を大いに反省したものである。

 

実は、同じようなケースが他の担当社員の案件にもあった。相手が私の場合より強面の被害者だったし、金額の違いもあるのだが、彼は私のように約束を撤回できず、結局自分で差額を負担、つまり、「自爆」してしまったのだ。

 

被害者との約束を反故にする不誠実も地獄だが、自腹を切るのも地獄である。