当世損調事情


許せない!弱みに付け込んだ金銭要求

                                                                                                                     杉野 晴夫


 

ある有名企業に新入社員として入社したばかりのK君は、休日に自家用乗用車で出かけた。交差点で信号が青に変わったので発進しようとしてアクセルを踏み込んだところ、なぜかギアがRになったままだったので車はバック発進し、後続車に逆突してしまった。すぐ車を止めて相手と話し合いをすればよかったのに、K君は慌ててそのまま前方に逃走を図ったのである。入社したばかりの会社に知れると「入社取り消し」などの処分を受けるかもしれないという恐怖感に襲われたのだ。しかし、逃げ切れず警察に突き出されてしまった。

 

 K君は翌日、父親に連れられて、被害者側に謝罪に行った。まだこの時点で保険会社には報告もない。被害者側は、車の修理費のほか、運転者の「腰椎捻挫通院2週間」という診断書を見せて、治療費+示談金「30万円」を要求してきたという。K君の「弱み」を熟知した上で、会社に知られたくないなら、カネを払えと露骨な要求をしたという。

 

そこで、ようやくK君の父親から私、つまり保険会社に報告・相談がきたというわけである。父親は「どうか、Kの勤務先には内密に…」と懇願する。この父親は私も顔見知りの契約者である。

 

事故は私的な行動の中で起きたものであり、保険会社が加害者の勤務先に事故を通告することはない。被害者側が勤務先に話を持ち込む意味もない。K君が会社に報告するかどうかは、あくまで本人に決めてもらうしかない。当て逃げ行為は厳しく自己反省したうえで、人身事故としてきちんと警察に届け出て保険事故として扱う方が正道だと伝えた。

 

K君の思慮の浅さと行動は批判されるべきだが、それをネタに金銭を脅し取ろうという側には強い怒りを覚えた。しかし、ここは感情を抑え、粛々と示談交渉を進めることが、そういう行為を否定することになる。先方の不機嫌を気づかないふりをしつつ、一件をまとめ上げた。

 

3年後、K君の父親から電話があった。新入社員だったK君は、元気に明るく頑張っているという。よかった、よかった。事故のことを会社に報告したのかなどもちろん私が聞くはずもない。