斎藤貴男「レジスタンスのすすめ」


 

 

     嘘だらけの政府統計

 昨年末から本格化した統計不正問題と、3月末に2019年度予算案が可決・成立した過程を見ていて、つくづく思う。この政権はもう、まともな民主主義社会を築こうという意志などとうの昔に放棄しているばかりか、国家としての体裁を取り繕うことさえ止めてしまったのだ、と。
 統計は国の基礎である。かつてのソ連も、その偽造が常態化した時、崩壊の運命を余儀なくされた。現代の日本では、毎月勤労統計の操作によって2018年の実質賃金が嵩上げされていた実態がまず明るみに出た。生活保護費が2013年から引き下げられた根拠だったはずの過去数年間における物価下落率、あろうことかGDPの数字まで、ことごとく嘘にまみれていたらしい疑惑が、次々に指摘されている。
 目下のところは、10月に予定されている消費税増税の大前提が崩れた、という文脈で語られることが多い。欺瞞だらけの「アベノミクス」とやらが正体を露わにし始めたともいえる。政府統計の何もかもがこうも嘘だらけなのでは、この間に遂行された政策のほとんどすべてが誤っていた、いや、意図的に捻じ曲げられていた証左ではないか。
 野党はそれなりに頑張った。にもかかわらず数の力で押し切られ、デタラメな予算案が成立してしまう不条理。その数日前にNHKで放送されたドキュメンタリー・ドラマ「詐欺の子」を連想したのは、私だけだっただろうか。
 オレオレ詐欺の実態は、安倍晋三政権と同じだ。あの男の何度目かの改造内閣が誕生した際、新聞に求められて進呈した「説教強盗型オレオレ詐欺内閣」の形容を思い出す。彼等は権力の側にありつつ、屈託も葛藤もなく平然と、とんでもない破壊行為をしてのけ続けている。他人を支配すること以外の一切を考えることがない群れほど恐ろしいものはない。諦めることは未来を捨てることである。