現代損保考


             

 

代理店激減の真相

                                     

 

 「ついに力づくで保有契約を取り上げられました。店主から代理店勤務の募集人になりました。それも、あと4年で定年だそうです。その後いったいどうやって生きていけばいいのか…」
 編集委員会への訴えが後を絶たない。保険販売の中核を担ってきたプロ代理店の減少が止まらないのだ。大型代理店による合併・買収や直資代理店方式などによる集中・集約が加速している。
 2017年度の全代理店数は約186,000店で、2015年から14,000店近く減少している。
 チャネル別では、プロ代理店の減少数が群を抜いて多い(下表参照)。
 プロ代理店数は2013年の約29,000店から翌年の約43,000店へと14,000店も急増した時期があった。これは、雇用関係のない者に保険の販売を再委託することは保険業法に抵触するとして、委託型募集人が代理店として独立を迫られたためである。しかし、独立しても存続できないケースが多く、廃業して再度大型の代理店に従業員として雇用されるか、業界と縁を切るかしか道はなかった。プロ代理店の減少にはそういう経緯と背景がある。
 一方、代理店手数料の推移を見ると、元受社の代理店手数料は、2007年度と17年度の10年間で1,195憶円から1,340憶円と12.1%増えている。代理店数がこれほど減ったのに、手数料がむしろ増えているのは、手数料ポイントが廃業した代理店より吸収した代理店の方が高いためである。
 金融庁は一昨年3月に銀行・保険・証券等すべての金融業者に「顧客本位の業務運営に関する原則」、以下「原則」(注1)を示した。その「原則」の裏に隠されている彼らの本音はなにか。栗山泰史氏(損保代協アドバイザー、損保協会シニアフェロー、元損保ジャパン常務執行役員)の著書『保険代理店にとっての顧客本位の業務運営』が、それをわかりやすくフォローしている。栗山氏は大要次のようにいう。

 「損保系代理店は20万店近く存在する。この数はアメリカの18倍に相当する。損害保険マーケットの保険料規模はアメリカが日本の6倍であるのに、代理店数は日本がアメリカの3倍に及ぶ。仮にわが国の代理店総数がアメリカ並みの18分の1になれば、代理店は体制整備義務という言葉が似合う存在になっているだろう。そのためには、18分の17が廃業、M&A、事業譲渡による統合によって消えていくことが必要で、その実現のためには、代理店同士の生き残りを賭けた激しい競争が前提となる。『保険代理店ビジネスモデルの革新』はそういう代理店同士の競争を前提とするものである」
 
 保険業法改正によって、代理店の義務が法定され、これを果たすことのできない代理店は、金融庁が作成する「ネガティブ・リスト」に掲載され、市場から追い出される。そして残った代理店が市場でベスト・プラクティスを競い合うことで国民が作成する「ポジティブ・リスト」に掲載され、さらに生き残り競争を強いられる。そういう設定である。 
 「体制整備義務」とは、保険会社が保険代理店を管理・指導することで体制を整備することに加え、代理店自身が「①経営管理、②法令等遵守義務、③保険募集管理、④顧客情報管理、⑤(事故等での)顧客サポート等管理、⑥内部管理を遂行する態勢を整備する」ことと栗山氏は指摘する。そのためには「損害代理店数がアメリカ並みに、現在の18分の1(1万店ぐらい)になることが必要」と言っているのである。
 ポジティブ・リストとは、ここでは「存在を認められた代理店」というほどの意味だが、反対に「ネガティブ・リスト」に掲載された代理店は存在を認められないということになる。
 
 さて、ここでベスト・プラクティスの土台である金融庁策定の「顧客本位の業務運営」の「原則」に戻ろう。そこでは「7つの重要な原則や規範」を消費者に提示し、その趣旨・精神に沿った明確な方針を策定・公表し、ベスト・プラクティスの追求に向けて努力する」ことを求めた。
 そして取組方針を公表した金融事業者名を公表し、事業者自身もその方針を公表している。
 損保ジャパン日本興亜が昨年6月に公表した「お客さま本位の業務運営方針」は次の通りだ。
 
1、お客さまへの新たな価  値の提供
2、お客さまの声を経営   に活かす取組み
3、お客さまに最適な保険  商品の開発・保険募集・  契約管理
4、保険金のお支払い業務  の品質向上
5、利益相反の適切な管理
6、企業としての社会的責  任を果たす取組み
7、お客さま視点の業務運  営の定着
 
 他の損保や生保も上記同様の「方針」を掲げているが、ここで重要なことは「金融業者」には代理店も含まれることだ。
 たとえば、損保ジャパン日本興亜は「③お客さまに最適な保険商品の開発・保険募集・契約管理」の方針について「お客さまを取り巻くリスクの分析やコンサルティング活動等を通じて、その意向と実情に沿った適切な商品設計、販売・勧誘活動を行う。また保険商品の販売後もお客さまのご契約を適切に管理するとともに、利便性の向上を実現する」と謳っているが、果たして字義どおり遂行できるだろうか。
 ところで、金融庁は、「代理店からのヒアリングの結果」として、「代理店としての一定の規模、例えば店主を含め社員が3名、収入保険料1億円であることが、BCP(注2)への対応や事務ミス・不正防止等を通じた安定的な顧客対応につながる」としている。
 これについて、前出の栗山氏は「3名・1億円という数字は、体制整備義務を果たすうえでのスタート地点」に過ぎず、取り敢えず「淘汰されることなく生き残ることができる」が、「それでも代理店数は多すぎる」から、「代理店手数料ポイント制度の改定によって、3名・1億円というミニマム・スタンダードも上がっていき、5名・3億円、10名・10億円となる」と見る。
 代理店にとっての収入は保険料でなく、手数料である。代理店の規模が3名・1億円、5名・3億円、10名・10憶円で、それぞれ手数料がどのくらいになるか、推算してみたのが上表である。厳しい状況が反映されている。代理店内の配分問題も含めて、代理店手数料は代理店の生死に直接かかわる深刻な問題である。
 プロ専業代理店の廃業が増加しているのは、結局、生活していける収入ではなくなっているからで、それを推進するのが金融庁や損保経営者だ。 その尻馬に乗って「代理店の才覚と努力次第」「自己責任」などと語り、「アメリカ並みに代理店数は今の18分の1でいい」などと、したり顔をする論者のいかに多いことか。募集現場で苦闘する代理店や募集人の顔を想像することもできない非情の効率化論理だ。
 契約者と親密な接点を持つ保険募集人が減っていくことは、契約者にとっても重大な損失である。 多くの契約者が求めているのは、ネットや電話による味気ない情報伝達だけでなく、ヒューマン・コミュニケーションによる、保険サービスなのだ。それが質量ともに低下することは、一つの国民文化の危機でもある。