当世損調事情


東名あおり運転事故判決考(その2)

                                                                                                         大野 省三


 

 まず「危険運転致死傷害罪」が出来た歴史を振りかえってみます。
 平成11年11月28日、東名高速東京IC付近で箱根観光から帰宅途中の4人家族の普通乗用車に、飲酒運転の大型トラックが追突し、普通乗用車の後部座席に乗っていた3歳と1歳の姉妹が両親の目前で焼死するという痛ましい事故がありました。トラックの運転手は、飲酒運転の常習者で「業務上過失致傷罪」により懲役4年の実刑でした。
 また、平成12年4月9日、神奈川県座間市で検問を振り切り、猛スピードで逃走した乗用車が、歩道を歩いていた入学したばかりの大学生二人をはね即死させた事故が発生しました。これは、無免許で飲酒の上無車検の車を運転していたものです。運転手は「業務上過失致死罪」で懲役5年6月の実刑でした。
 しかし、この事故で一人息子を亡くした母親が、「悪質な運転で死亡事故を起こしたにもかかわらず、窃盗罪(10年以下の懲役)より軽いのは理解できない」と法改正を求める署名運動を開始しました。前記事件の被害者両親も賛同、全国各地で署名活動が広がり、平成13年10月、37万余名の署名が法務大臣に届けられ、同年6月に「道路交通法改正案」が国会を通過、平成13年11月には「危険運転致死傷罪」が成立しました。
 これにより、6類型の「危険運転」について、人を負傷させた場合は「懲役15年以下」、死亡させた場合は「1年以上の懲役」に処すことができるようになりました。
 そうした経緯を踏まえて今回の横浜地裁判決に戻りますと、そもそも「危険運転致傷罪」は「6類型」に限定しており、本件のようなケースを想定していなかったのです。立法の不備というべきでしょう。
 そのため、検察側も予備的訴因で、20年の懲役を科すことができる「監禁致傷罪」を加えたものと思われます。
 被害の重大さ、社会の注目度、被告人の行状等に鑑みれば、本判決の量刑でも軽いかもしれません。有罪にするのであれば、求刑通り懲役23年でもよかったと思います。
 しかし、「情」と「法の適用」は異なります、刑事罰を適用する法の解釈は厳格でなければならないと考えます。
 団藤重光博士は、著書の中で「刑罰は個人の人権を著しく侵害するものである。よってそれを規定する法の構成要件は出来るだけ明確でなければならない」と述べています。
 「法」とはそうあるべきものだと思います。

 

                       写真(池田京子撮影)