当世損調事情

ラブホテル内での事故

                                                                                                                      杉野 晴夫


 

契約者(中小企業の管理職)から「他車に接触しかなりの損害を与えた」という一報が入った。車両保険は付いておらず、対人・対物だけである。時間は深夜11時ごろ。事故現場は「〇〇区の××ホテルの駐車場内」である。公道上ではない。

 

契約者は、相手の氏名と修理工場名だけは告げたものの、「動転していて、事故のことを覚えていないのです。要するに私が全面的に悪いのです」と、具体的な事故状況について詳しく説明しようとしない。奥歯にものの挟まった態度である。当事者の説明なしに事故状況を把握することは難しく、契約者の主観だけで安易に過失100%とするわけにもいかない。なお、ドライブレコーダーは双方とも搭載されていなかった。

 

「あなたが事故のことを覚えていないなら、同乗者の方はどうでしょう?その方から事故状況を伺えませんか」と、遠慮がちに聞いたのは、そのホテルがラブホテルだったからだが、「いや、第三者を巻き込みたくない」と拒否された。まあ、そうだろうけど。それに「相手(被害者)にも問い合わせをしないでほしい。そういう約束なので」とも念を押された。場所柄、目撃者もいない。事故状況は闇に包まれたままである。

 

契約者の搭乗車は社有車ではなく個人所有の自家用車だったし、時間帯も明らかにプライベートタイムである。いったい何を心配したのだろう。当事者名を明らかにして事故報告をした以上、これ以上失うものはないはずだし、損調担当者が他人の情事を好奇の目で眺めたり、業務上知りえた個人情報を漏らしたりすることもあり得ない。

 

結局、それ以上の進展がなく、あきらめたのか、契約者からの連絡も途絶え、保険金の支払いに至らないまま時が過ぎ去った。

 

修理工場からの情報によれば、被害車は50万円程度の損害だったという。加害者のあの態度から推察すると、おそらくはすべて自己負担したのだろう。しかし、サラリーマンにとって50万円の臨時出費は大変。過失割合算定作業に協力して保険金を受け取る方がいいにきまっている。相手の事情や立場に忖度しなければならなかったとしても、その理由もまた不可解であった。

 

ともかく、払うべきものを払わないと、損調マンは寝覚めが悪いのである。