現代損保考

真山 民


        危機的状況にある気候変動

           そのとき、「保険料率引き上げ」だけでいいのか


東京都と千葉県を分けて流れる江戸川の濁流。河川敷の野球場はすでに水没している

(10月13日、千葉県側から撮影 大石)


 わたしが一度その坂の上に立った時は秋で、豊饒な稲田は黄色い海を見るようだった。向こうのほうには千曲川の光って流れていくのを望んだこともあった。

 島崎藤村が千曲川流域の人びとと自然を描いた『千曲川のスケッチ』の一節である。今の長野市豊野(現在北しなの線が通っている)付近の光景を描いたもので、東へ4キロには栗ようかんや北斎の絵で名高い小布施がある。

 豊野や小布施でも千曲川の水があふれ出し、豊野から南へ3.5キロの穂保では堤防が決壊、大規模な洪水が発生した。その様子はテレビで繰り返し報道された。

千曲川は信濃川の長野県側の流れを指し、新潟県側で信濃川となる。両河川とも流域に幾度も洪水をもたらした。千曲川の洪水の記録は仁和4年(887年)までさかのぼる。これまでの最大の洪水は寛保2年(1742年)の「戌の満水」で、この時の水位は36尺、10.9mに及んだ。ところが今回の洪水では、中野市にある立ケ花観測所で、1013日未明にはなんと12.46メートルを記録した。

 

今回の台風19号は、雨台風として知られる狩野川台風(1958年9月)と比定される。川田惠昭(かわたよしあき 京都大学名誉教授、関西大学教授)の著書『日本水没』によると「災害のゲリラ化」が言われ始めたのは、1950年代後半から。都市化が進む過程で、ひとたび雨が降れば川があふれ、崖が崩れるなど予測不可能な災害が、新興住宅地のここかしこで起こり始めた。狩野川台風はその典型とされ、その時代から都市水害の多発が始まった。いま日本全国で、流域のぎりぎりまで住宅や工場が建てられているが、台風19号のような豪雨が襲来すればひとたまりもない。
 

この事態を放っておけばどうなるか。「世界の裕福な上位都市22カ所は、深刻な水害リスクを抱え、水害はさらに住宅、貧困、エネルギー、社会の崩壊などの問題を引き起こす。2070年頃には水害に遭う危険性のある総資産は、今日の10倍を超える35兆ドルにのぼる見込だ。この数字は、世界の推定年間経済生産高の9%を上回る」(『データブック 近未来予測2025』ディム・ジョーンズ&キャロライン・デューイング著 早川書房)

 

自然災害が世界に与えた2018年の経済損失額は約25兆円、先ごろ、千葉県を襲った台風15号も、300億円以上の被害を中小企業にもたらしたと、米保険関連企業エーオンの報告にもある。
 
災害は貧富の差をあからさまにし、さらに拡大させる。「富裕層は飛行機で避難し、中間層は自動車で避難し、貧困層は取り残された」 記憶で書いているが、2005年8月発生し、アメリカのフロリダ、ルイジアナ、ミシシッピなど南部の州に甚大な損害をもたらしたハリケーン・カトリーナで起こったことである。

台風19号でも、東京台東区役所が路上生活者の区の避難所への避難を拒否した。生活困窮者支援に詳しい立教大学の稲葉剛特任准教授は「行政による究極の社会排除であり差別」と批判する。

「今回のような台風は、これまで一生に一度だったかもしれないが、今後は二度、三度来る可能性がある」(竹見哲也京都大学防災研究所准教授)

 

損保も「気候変動リスク」について、何もしていないわけではない。例えばMS&ADインシュァランスグループHDは、東京大学、芝浦工大と共同で「気候変動の影響評価およの社会還元」を目指した研究を行い、その成果として「世界の洪水リスク変化の推計」をWEBIS(地理情報システム)で閲覧できるサイトを公開している。

 

しかし、いま必要なのは現状把握だけでなく、「気候変動リスク」の根本原因である地球温暖化を食い止める具体的な取り組みを早急に行うことである。すでに石炭火力事業への投融資については、日生や第一生命なども原則停止している。電力会社への投融資額は損保も少なくない。銀行や生保が相次いで石炭火力事業への投融資をやめているなかで、損保もこれに倣っていると思うが、それでもなお日本はG7諸国の中で新規の石炭火力発電所の建設計画を続行している国であり、そのことへの批判が高まっている。

損保経営者は、気候変動の影響で地球全体が深刻な事態にある今日、保険金が増えれば保険料を上げるという安易な方針ではすまされない段階にきていることを認識すべきであろう。